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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■アワハウス僕達の家
アワハウス僕達の家
66年の夏に自分が“発見”し世に出したジョニ・ ミッチェルと付き合っていたクロスビーだったが、翌年にはグレアム・ナッシュが彼女とカップルにな っていた。CSN前夜の時期に二人ともジョニの才 能に刺激を受け、グループ結成のきっかけのひとつ になったことは確かなのだろう。そのナッシュが、 当時ミュージシャンのコミュニティのようになって いたローレルキャニオンの家でジョニと一緒に住ん でいた時期に書かれたのが、この「僕達の家」だっ た。内容はいかにも幸せそうな若い二人の暮らしぶ りを細々と描写する可愛らしいムードのラヴ・ソング。
青山陽一
"
あがた 森魚
15時間前 ·
@■2022年06月04日(土)
31日の渋谷クアトロでの「約束は約束さ(二千十年代コレクション)」に再び感謝。
このことを、3度言うかもしれない。3週間言うかもしれない。3年間言うかもしれない。
まず何がって、その日一緒に演奏をしてくれたすべての参加者に対して。
また、はるばるクアトロまでやってきた観客のみなさん、いやあなた一人一人に対して。
配信を見てくださったあなた。31日全体を作ってくださったみなさま。
すべてに感謝。
それくらい、そこには「ルビ」や「ピリオド」がぎっしりである。
* * *
もう昨年、11月になるが、札幌でのライヴに、高校時代のディラン三兄弟(酒井正俊、西村博、オレ)の酒井がディランのマスターピスを持ってライヴに来てくれた。グラフィックデザイナーであり、アルバム「日本少年」のデザインも、手がけてくれた酒井。あのアルバム中「函館ハーバーセンチメント」の「オレ」はオレ^^、「ヤツ」は酒井^^なワケ。だから来てくれたのは、望外の喜びだったが、それっきりになっていたところ、同級生で元函館市長だった西尾正範が5月28日に亡くなった。函館で31日に葬儀が行なわれることになり、クアトロのライヴと同日で、酒井ら同窓に連絡をと思ったが、クアトロのライヴのことで、意識も手も回らずそのままになった。西尾正範への哀悼の意を表し、備忘録として一言だけ書き添えると、西尾正範という人格の存在意義は函館市長になったこと以前に、彼の高校時代からの考えや生き方に意味があったわけで、そのことについてこそ、西尾くんと、また一度きちんと話したかった。
* * *
4月20日のユーロライヴでの記者会見、追って出た週刊「金曜日」があり、メディアのベクトル、その底力を再認識したが、週刊「金曜日」が僕を表紙にまで登場させてくれたからではないが、その記事を担当してくれた本田氏の視点には、改めて共鳴するものがあった。謙虚であること、ジャーナリスティックであること、人間の営みの本質を問いかけ合うこと。
にしても「音楽らしき」の存在である。文化、アート、表現性とやら以前に、芸能の、大衆にもたらすことの意味。大衆はいかほどに、芸能のもたらす恩恵と愚劣さに生きがいを覚え、また翻弄されるのか。またそれを望むのか?
この、僕自身のこの半世紀の道行きも、また未来の旅路の有りやなしやも。
感謝と内省のいかにありやなしやも。(爆笑^^、だよね^^??!!)
06月05日(日)
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