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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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人は誰でも14才の時に好きだった音楽からは一生逃れられないものだ。松山晋也




Joni Mitchell と James Taylor がライブで奏でる Circle Game 、響かせ千鳥ヶ淵緑道、浮かぶ花びらの筏、早朝、若き彼女を観た小澤征爾と武満徹は光りを確信していた、素敵なアメリカカナダ、キースがハートランド、メセニーヘイデンがミズーリの空、




郵便局は日本の個性、歴史的文化遺産、だと今日思う神田錦町振り込みに来て、セブン内神田一丁目若い女子がおトイレ貸していただけませんかと困って話しかけているのに無情にも断るなんて!、日東駒専はMARCHの3分の1だよねー、フットサルとサッカーそもそもルール違うしー、ほないなのー、




USB不意にペットサウンズかかると、あ、生きてるの忘れてた!という気分になる、どれもこれもくだらないまやかし暇つぶし、ひつまぶし、




タブーレイロシュローを聴くなり、75分ランチ休み銀座並木通りは混んでるのでレンガ通りに、そういえば雷蔵デラックスあがた森魚2CDは再来月まで買えないなー多分、日曜NHK古典芸能誘い講談神田伯山BGMにモリタートやインナサイレントウェイかかる按配モダンジャズ貼り付けの効用、おしゃれ鮨屋同様、雰囲気だけ、壁紙化、家具化、おれもロシュローに対して、

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というわけでセブンからファミマに主線変更や、ボルビックもファミマにしかないし、買い物は戦争だ、




往って還ってこい、鯨類よ  P082




倫理学者の頼住光子によれば、人は分断され孤立 した俗世にではなく、「力そのもの」として存在する深層の無分別の次元にリアリティを見い だす [頼住 2014:40]。 例えば、「苦」と「楽」は、分別を重んじる俗世では二項に分けられる が、深層の次元ではけっして二項に分けられるものではない。苦しみの中に楽があり、楽の中 にも苦しみがあるというほうが、経験の実相により近い。 無分別の次元には真理が現れ、そこ に力が逼満している。  P095




母を弔って、おれの肩に居ろよとしばし過ごしたあとの最初のお水取りに、夜勤明け夕刻に思いつき、ちょいとうどん食べてくる、と東名高速道路にグランディスを乗せて、菊地成孔DCPRGオルターワーイントーキョーはずっと鳴っていたのだった、それはかなり偶然だし、だけどかなり必然のようにサイコーだった、USB不意に耳にするとき身体がざわざわとその時を纏わせてくれるではないか、




音楽のちからをつねに見誤るようにぼくらは言葉の槍を研ぐ、つい、研ぐ、





ロシアの独特なコンピをここでかけよう、

Gost Zvuk 5 Years 2019





序章
エズラ・パウンドによるとキリスト教徒の時代は、ジェイムズ・ジョイスが『ユリシーズ』の最後の言葉を書 き終えた一九二二年十月三十日に終わったという。実はパウンドは以前にも少なくとも一度はキリスト教徒の時代の終わりを宣言したことがあったのだが、しかし今回は、一九二二年が新時代の元年となる、新しい暦を提案するほど真剣でもあった。 良かれ悪しかれこの新しい暦は、その提案が最初に載った『リトル・レビュー』のペ ージ以外では使用される機会はなかったものの、それでもパウンドは、一九二二年が何か決定的に新しいことが 起こった年であると人々に思わせることには成功した。 『ユリシーズ』と『荒地』の両方の出版を手助けすることによってパウンドは、ギルバート・セルデスの言葉を用いるなら「次世代にとって〈モダン〉になる精神の完全な表現」を構成する、これら二つの作品を一般の人々に紹介したのであった。それ以来、これら二つの作品が 同時期の一九二二年に出版されたことは、文学史において決定的な分岐点を示す出来事として受けとめられてき た。 (3)




Mリーグ始まるまで成田祐輔きく、
https://youtu.be/as0OTCfaBjI
















04月01日(金)
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