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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■あがた森魚インタビュー (2001年5月、アウトゼア誌での取材) その1



あがた森魚インタビュー (2001年5月、アウトゼア誌での取材)


ベスト盤が出るというのをきいて驚いたんですけど。そういう反応はありましたか?

「うーん、いろいろ。出るのが驚きというよりは、ベスト盤といっても、どうまとめるんだろう、しかも1枚になるのか、ということで、聴いてみたら、非常にこの30年間が思ったよりもまとまりがあって聴けたのでびっくりした、という意見は結構あったね。」

ええ。

「30年って長かったですか?という質問もあったけども、束の間だったとも言えるし、やっぱり長いんだよね、はっきり言って。それと同時に、どれがいいということではないんだけど、いろんなことをぼくはやってきちゃったから。時期時期において全然違うことやっているから、確かに1枚になったときに、こう統一性が出るのかなあと。」

あがたさんは常にアルバムを出すごとに、その前のアルバムから違う方向へ向かうベクトルのエネルギーがあって、次々と新しい作品を出されてきた。それぞれが違う世界で。でも、ベスト盤を聴いてみるとなんか統一感がありました。ぼくがあがたさんの音楽を聴き始めたのは80年代に入ってからで、すでにヴァージンVSをやっていて、遡って「乗物図鑑」を聴きました。そしてプラネット・アーベントが始まったんですが。

「83年くらいだね、プラネット・アーベントは。」

プラネット・アーベントはどんなふうに始まったんですか?コンセプトとか。

「うーん。そうだなあ。平たく言うと、たとえばあがたの音楽を、シンプルなミュージシャンとしてじゃなくて、まあ、ぼくは歌い手なんだけども、同時に映画作ったり、演劇的な要素があったり文学的な要素があったり、絵画的な要素があったりと、音楽を外側から攻めているというか。外側のイメージから音楽を創っている要素がけっこう強いほうだよね。だから、プレイヤーが詞と曲を作り歌うというのではなくて、言葉なりイメージをどうやって音楽に集約するかということでやってきた。そういう才能とか資質であるあがたであるわけだから、それは良し悪しいろいろあるんだけども、そうするとたとえばちょっとステージに凝りたいとか、レコーディングひとつにしてもそうだけども、やっぱり実質お金もかかるし、労力もかかるし。といったところで、たまたまプラネというのは、何かの弾みで、池袋のサンシャイン・プラネタリウムで客の動員のことも含めて、落語をやったり、クラシックの弦楽四重奏をやったりとかしていたんですよ。」

プラネタリウムの中で。
「そう。それとかフォーク歌手、一番最初は友部(正人)さんだったと思うけど。フォークの弾き語りなんかにも企画が呼びかけていたりしたんです。友部くんがそういうことをやったときいて、あ、これはもうぼくがやらないと、と。」

いろいろ動かせますよね。

「うん。だから、そういう意味では、たまたま。こないだも、ちょうど閉館してしまったけど渋谷の五島プラネタリウム、あそこなんか一番最初やりたかったんだけどね。でもプラネタリウムというのはある種学術施設だからね。なかなか当時は貸し出さなかったし。池袋のサンシャイン・プラネタリウムも、当初はいろいろ制約があって。」

それは時間的にですか?

「枝葉の話なんだけど、通常の営業プログラムは絶対に削れないんですね。最終回が6時なら6時に終わって、6時から7時までに全部セッティングし直して7時半開演とか。前の日から仕込んだりいろいろたいへんなんだけど。時間の制約としては、終わる時間も決まっているとかね。あと、もうひとつは、たとえば通常の営業で観に来るお客さんに見せる星座の出しかたとか。まわりにいろんなスライドをデザイン的に投影されるものでも、これは著作権があるからとか、これは通常営業だけのためのものだとか、で、これは外からの企画にはお貸しできないとか。たとえば、イメージに合わせて天空の動きをこうしてほしい、逆転してほしい、と言うと、それは学術的にウソだからできないとか(笑)。」

フィクションには加担できないわけですね。


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03月23日(火)
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