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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■タダマス5覚え書き
8曲目。ティム・バーン。14分ちかくの曲だが、ECM者のわたしは4・5回聴いただけですべて暗誦することができる、と思い込めるくらいに完成されたロジックが、まるで交響曲のような、90年代に凶暴なサックス奏者ティムバーンをスクリューガンレーベルで聴いていたのとまるで成り立ちが別な音楽。ティム・バーンにとって、ティム・バーンが客体化されたように聴いている態度が録音から視える。それはECMの本質に触れる点でもあろうし、考えさせられるなあ。
このへんでおれの頭の電池が切れてきた。
9曲目。ごおおお。ヤコブ・ブロの『バラッダーリング』(あれから出会うみんなが傑作だ傑作だと騒ぐおれも騒ぐ紛れもない新世紀の名盤)の続編!え?え?え?この宇宙的郷愁の電子音はフリゼールが出していたのお?この感覚的な新しさ、は、てっきりブロによるものだと聴いていた!背中が曲がって座って吹くコニッツも美しい。ここでもベースの新帝王トーマス・モーガンだ。不在のモティアンも聴こえるようだ。
10曲目。Eivind Opsvik のオーヴァーシーズ4。か、か、か、チェンバロだよ!ジャズというよりかなり良質なポップス、おれ、まじでポール・マッカートニーが歌い始めるならここだ!と思う。スフィアン・スティーヴンスも真っ青だぜ。おれはマンフレット・アイヒャーとポール・マッカートニーが夢に出てくるんだぜ。何言ってんだおれ。
あれ、おれ途中で雅楽をかけたな・・・。
西洋楽器が自我を主張するのに対し、日本の伝統楽器は自然そのものになる、というのは興味深い。右脳と左脳はわからんが。サウンドを自我でコントロールしないところに漂う現代ジャズの趨勢、個々の演奏のラインを重視する態度から、響きのアンサンブルに投機しあう態度、自然音やノイズ、電子音と対等にアンサンブルを思考する手付き、・・・
2010年にお水取りを体験して、マイケル・ピサロ作品を触発として、福島恵一さんの講演「耳の枠はずし」で「即興演奏は最初から音響を問題にしていた」ことにECMをも再発見し、衝撃のジル・オーブリー体験、まさに耳の空間化が果たされ、・・・、と、それは耳の個人史にとどまるところではないようだ。
ラップのThe Rootsという若者だってここらへんの耳は意識化しているみたいだぜ。
ミュージシャンたちもまた、遭遇と触発を繰返して、獰猛に音楽のフィールドを拓いている。おれはまだそれを語る語彙が少ない。サムシングを感じることにかけては多少の自信があるんだが、それを共通認識にまで持ってゆくのには、他者との、ここでも遭遇と触発が、圧倒的な贈与のかたちを持って降りてくる。音楽はわたしたちだ、と書きそうになって、その途方も無さ、届かなさに立ちすくむ思いがする・・・。
04月22日(日)
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