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活字中毒R。
by じっぽ
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■堀井雄二「『ドラクエ6』発売からが本当に長かった……」
『週刊ファミ通』(エンターブレイン)2009/7/24号の記事「ふたりのキーマンに聞く!〜『ドラゴンクエスト9』トップ2インタビュー」より。
(『ドラゴンクエスト9』のゲームデザイナー・堀井雄二さんとプロデューサー・市村龍太郎さんへのインタビュー記事の一部です)から。
【――最後になりますが、本作を心待ちにしている読者の皆さんにひと言お願いします。
市村龍太郎:『ドラクエ9』はこれ以上なく、DSの限界までたくさん詰め込まれた作品です。容量はもちろん、アイデアとか想いとかも含めて、これだけいろいろなものが詰め込まれている『ドラクエ』はいままでになかったかもしれないですね。まずはいつもどおり、自分なりに遊んでいただいていいと思います。そして、ふと立ち止まったときにまわりを見渡して「ちょっとほかの人ともいっしょにやってみようかな?」って思えるときがきたら、勇気を出してまわりの人たちと遊んでくれるとうれしいですね。そんな勇気を持ってくれたら、『ドラクエ9』でいままでにない『ドラクエ』体験が楽しめると思うので、ぜひ体験してみてください。
堀井雄二:初めて『ドラクエ』を作ってから、もう20年以上になります。『ドラクエ6』を発表したのが1995年ですから、そこまでは10年かかっていないんですね。でも、そこからが本当に長かった……。今回やっと『ドラクエ9』にたどり着きましたが、本作では、多くのスタッフたちのアイデアがてんこ盛りのように入っていて、いろいろ新しいことにも挑戦しています。でも、遊べば「やっぱドラクエじゃん!」と感じてもらえると思います。テレビを見ながらチマチマ遊んでもいい。難易度が高めのクエストもありますが、わからなくなったら友達に聞いたり、ネットで調べるのもオーケーです。その行為自体が、すでにゲームの楽しみのひとつですから。エンディングを迎えた後も、末永く遊んでもらえるとうれしいです。そしてもし、駅やマクドナルドなど、どこかで仲間を募集しているとき、ボクが乱入していっても、そのときは逃げ出さないでくださいね(笑)。】
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これは、『ドラゴンクエスト9』発売直前に『ファミ通』に掲載された、堀井さんと市村さんへのインタビューの一部なのですが、僕としては、やっぱり「ドラゴンクエストシリーズの生みの親であり、生き証人」の堀井さんの言葉がとても印象に残りました。
『週刊少年ジャンプ』で「ゆう帝」としてファミコンゲームの紹介をしていたり、『OUT』の読者コーナーを担当していた、「ちょっと面白い編集者」だっ頃から堀井さんの存在を知っていた僕にとっては、『ドラクエ』を作ってから、もう二十年以上になる、ということは……と、自分の年齢を再確認せずにはいられません。
『ドラゴンクエスト』の『1』がファミコンで発売されたのは、1986年5月27日のことでした。当時は、「ロールプレイングゲームがファミコンで売れるの?」という懐疑的な見方のほうが多数派で、『週刊少年ジャンプ』で懸命にプロモーションをしているのを見ても、「ファミコンだし、子供だましみたいなゲームなんじゃないか?」と僕も思っていました。
しかしながら、「1」は、シンプルながらもポイントを押さえた素晴らしいゲームで、鳥山明さんのキャラクターやすぎやまこういち先生のドラマチックな音楽で、ファミコンゲームに革命をもたらしたのです。「たいようのいし」が見つからなくて友達に聞いたのを、いまでもよく覚えています。
『ドラゴンクエスト2』の発売は、1987年1月26日。『1』の発売のわずか8か月後のことでした。『ドラゴンクエスト』のスタッフたちは、当初は「パーティ制のRPG」を考えていたそうで、本来は『2』のようなRPGを出したかったけれど、当時のファミコンユーザーにRPGの面白さを伝えるために、シンプルな『1』をまず発売した、という話を後に聞きました。
この『2』から、ドラクエ名物の発売日の行列が生まれたのです。
『ドラゴンクエスト3』のファミコンでの発売日は、1988年2月10日。
これも、『2』の発売から、たった1年しか経っていません。当時はそんなに「次から次へと出る」という感覚はなかったのですが、いまから考えると、すごいハイペース。
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07月25日(土)
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