ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「こんな風に、ヌケヌケと大人になって、そんなことをしていたことを笑いなから話している自分ってどうなんだろうね」
『労働者K』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ著・角川学芸出版)より。
(劇作家・劇団「ナイロン100℃」の主宰(「有頂天」のケラさん、として記憶している人も多いかもしれません)、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの19年ぶりのエッセイ集から。ケラさんは小学校2年生で転校した際にいじめに遭い、「蟻を食べさせられたり」「腐った牛乳をイッキ飲みさせられたり」「デパートのオモチャ売場で何万円ものプラモデルを万引きさせられたり」「女子更衣室に全裸で放り込まれたり」したことがあったそうです)
【そんな時に私がまず考えたことは、「親にバレないようにせねば」ということだった。息子がそんな虐待を受けていると知った時、父や母はどんなにショックを受けるだろう。よりによって自分の息子がそんなメに遭うなんて。その気持ちを考えると、なんとしても隠し通さねばならないと思った。だから、教師にもバレないようにしなくてはならなかった。いじめられ中に教師が遠くに見えると、場所を移動していじめてくれるように頼んだものだ。本当の話である。
いじめを受けている子供達が親にも教師にも言えず、一人で抱え込んでしまう気持ちは、そんなわけでよくわかる。そうした子供がクラスに一人、校内に30人以上いたはずだ。しかし、少なくとも私の6年間の小学校生活に、自殺した子供は一人もいなかった。
もちろん今の子供達を弱虫呼ばわりするつもりはない。何がどう変わってしまったのか、ただただ不思議なのだ。
みたいな話を、先日、街でバッタリ会った高校時代の友人(女性)としていた時、実は彼女高校時代にいじめられていたことを聞いた。「ああ、そう言われりゃいじめられてたなあ、この子」と思い出したのだが、事態はかなり深刻だったようで、ある時期などは、(当時はまだそんな言葉はなかったが)援助交際をほぼ毎日、場合によっては1日に何人ものオッサンを相手にさせられていたのだという。稼いだ金は彼女には一銭も入っていない。すべていじめっ子にスルーしていたのだ。「少しはくすねとけばよかった」と彼女は笑いながら言った。
「こんな風に、ヌケヌケと大人になって、そんなことをしていたことを笑いなから話している自分ってどうなんだろうね」
彼女は自嘲気味に再び笑い、手を振りながら亭主と子供が待つというTSUTAYAの店内へと姿を消して行った。
うーん、どうなんだろうねと言われてもなあ……。生きててよかったんじゃないかとしか言えないよ。】
〜〜〜〜〜〜〜
「少なくとも私の6年間の小学校生活に、自殺した子供は一人もいなかった」という体験は、必ずしも「それに比べていまの子供はいじめへの耐性が弱くなった」という結論とは結び付けられないとは思うのですが(いじめで自殺する子供というのは、いくらその人数が多い時代でも「1校にひとり」という頻度ではないので)、ここで紹介されているケラさんと「高校時代の友人女性の話」に、僕はうまく言葉にできない苛立ちと哀しみを感じずにはいられませんでした。
僕も小学校5年生のときに転校して、しばらくはクラスに溶け込めずに辛い思いをしたり、嫌がらせをされたりしていたんですよね。ここに書かれているほどの酷い体験ではなかったし、しばらくしたらクラスのもっとも小規模のグループに紛れ込み、なんとか生き延びることができるようになりましたし。
でも、そのときはたしかに、「自分がいじめられていることそのもの」よりも、「自分がいじめられていると思われること」のほうがイヤだったような気がします。子供には、子供なりのプライドがあったんですよね。大人になると、そういう大事なことは、すっかり忘れてしまうのですが。
この「高校時代の友人だった女性の話」を読んで、僕はものすごくやるせない気持ちになりました。
これだけ酷いいじめ(というか、人間として扱われていないですよねこれ)を受けながらも、「援助交際」を続け、いじめっ子に上納していた彼女。でも、そのことは「友人」だったケラさんにとってさえ、「そういえば、いじめられてたっけ、この子」というくらいの記憶でしかありません。
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03月19日(木)
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