ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■”Joseph, take Mr.Lockwood's horse; and bring up some wine.”を「翻訳」することの難しさ
『翻訳のココロ』 (鴻巣友季子著・ポプラ文庫)より。
(翻訳家・鴻巣友季子さんが名作『嵐が丘』(エミリー・ブロンテ著)を訳したときのエピソードです)
【じつは、『嵐が丘』を訳し始めてすぐ気になっていた「ワイン問題」がある。
「ジョウゼフ。ロックウッドさんの馬をつないだら、wineを持ってこい」
と、家主のヒースクリフが老下男に言いつける場面が冒頭近くにあるのだが、ここをどう訳すか、ということ。折々に考えながら、まだ決めかねていた。フランスへはワインの取材に来たのだから、いっとき翻訳のことは忘れればよさそうなものだが、これがトジ者の業というか性というか、ワインを見ればつらつら考えてしまう。
(中略)
先に挙げた『嵐が丘』のくだりだが、岩波文庫版では「ワインを持ってこい」ではなく、「酒を持ってこい」と訳されていますねと、指摘してくれた人がいて、えっ、そうだったっけと思ったのが事の発端だった。
もちろん、いまの日本では、wineはワインだし、強いて日本語にするとすれば「ぶどう酒」だろうか。既訳の『嵐が丘』では、この箇所はどう訳されているか。
手に入りやすい文庫版をいくつかあたってみると……。
「ロックウッドさんの馬をあずかれ。酒をもってこい」
(阿部知二訳 岩波文庫 1960年)
「ロックウッドさんのお馬を連れて行け。それから葡萄酒を持ってこい」
(田中西二郎訳 新潮文庫 1961年)
「ロックウッドさんの馬を連れて行け。そしてブドウ酒でも持って来い」
(大和資雄訳 角川文庫 1963年)
「ロックウッドさんの馬をあずかって、それからぶどう酒をもってこい」
(中村佐喜子訳 旺文社文庫 1967年)
「ロックウッドさんの馬をつれて行け。それからぶどう酒を持ってこい」
(河野一郎訳 中公文庫 1973年)
翻訳者のことばの好みやポリシーもあると思うが、60年代、70年代初めまでに出版されたこれらの訳書では、「ワイン」という訳語が見られないのに注目したい。あの時代はまだ「ぶどう酒」が幅をきかせていたのか。ちなみに80年代に出た、麻井宇介の『ブドウ酒と食卓のあいだ』なる著をひもとけば、「ほんのひと昔まえ、われわれ(日本人)は、生葡萄酒という言葉をもっていた」とある。キブドウシュと読む。「甘口葡萄酒」に相対することばだ。当時はぶどう酒というと庶民レベルでは、赤玉ポートワインのような甘みを加えた滋養ワインを指すことが多かったから、それと区別するために、なにも添加しない本来のワインに「生」をつけた。生一本の「キ」だ。なるほど、70年代には、まだそういう”ぶどう酒ライフ”を日本人は送っていたということか。それが10年後のバブル期には、「世界一早くボジョレー・ヌーヴォが飲める国」と言って浮かれるわけだが。
30年前に較べれば日常感覚になったとはいえ、いまでも、お客さんにワインを持ってこいと日本語で言うと、ちょっと「晴れの日の」お酒でもてなしてやりなさい、というニュアンスを含む気がするが、どうだろうか。
なら、『嵐が丘』の舞台になる19世紀の初葉、イギリスではワインはどういう位置にあったかというと……いわば、「舶来品」だろうか(高価とは限らないにせよ)。イングランドのほとんどの地域は気候的にワイン用のぶどう栽培には向かないし、16世紀半ばごろまでは国王や貴族が持っていた数少ないぶどう園も、それ以降は衰退の道をたどった。まあ、フランスからの輸入経路も確立していることだし、わざわざ苦労して作らなくても、ということで、ワインといえば輸入もの、となったようだ。一般の家庭で飲まれていたのは、ビールとそれより安価なジン。ワインはやや「高級な」「特別な」お酒だったのだろう。自家製を密造しようにもできないのだし。
とはいえ、挨拶にきた店子のロックウッドを、大家のヒースクリフが、勢い込んでとっておきの酒で歓待しようとしているような「晴れがましい力み」は、原文の調子からつゆも感じられない。「いそいそともてなすヒースクリフ」の像では、本来のイメージとはほとんど正反対になって離れてしまう……。
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01月10日(土)
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