ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■『ジャンプ放送局』が終了した「本当の理由」
『ジャンプ放送局 帰ってきたジャンプ放送局!!の巻』 (SHUEISHA JUMP REMIX) より。

(連載当時のスタッフが『ジャンプ放送局』を振り返る対談記事『13年ぶりのジャンプ放送局』の一部です。参加者はさくまあきらさん、横山智佐さん、土居孝幸さん、榎本55歳(榎本一夫)さんの4名です。文中のJBSは「Jump Broadcasting Station=ジャンプ放送局」の略)

【――ハガキは毎週どのくらい来てたんですか?

さくまあきら:最初の半年は苦労したね。でもそこからは1年で3万通に達して、そこから4万通くらいいって。JBSクエストの時は10万通越えたからね。ほんと視力落ちたもん。それと手にインクがついちゃう。

榎本55歳:そうなのねん。指紋がなくなっちゃうよって。

さくま:えのクンがね、「悪いから手伝いますよ」って言って、200枚で根を上げてる(笑)。

榎本:「お先なのねん」って(笑)。

さくま:言うだけ。バカヤロー、オレは毎週やってんだ(笑)。

(中略)

榎本:えのさんは事実の言いっぱなしだったのよん。貧乏人の子だくさんとかね。

さくま:ある時、優勝者の子をつかまえて、「えのサンは家なき子って呼ばれてるんだ。家を買ってないかあ」って(笑)。元祖ホームレスおじさん(笑)。

横山智佐:ホームレス社長(笑)。

さくま:ホームレス社長、おもしろいな(笑)!

榎本:でもあの頃は「貧乏」とか「チチショー(乳小)!」とか。

土居孝幸:やりたい放題でしたね。

さくま:今やったら大問題だよな、きっと(笑)。横山クン、お母さんが「そんなに悩んでるんだったら手術する?」って言ったらしいね。豊胸手術を。

横山:ありました(笑)。

さくま:あれはネタなんだからね(笑)。

(中略)

土居:まあでも、マンガと戦わなきゃいけなかったのが一番つらかったね。

さくま:編集から電話がかかってきて、よく「マンガを抜いた」って言ってきてたから、イヤだなって。すぐ抜くとやめさせちゃうから、またうち新しい敵と戦わなきゃいけないって(笑)。抜いても抜いても新しい敵と戦わなきゃいけない。一番ジャンプ的だったのはオレたちだよ。

――アンケートでJBSに抜かれたマンガは終了したんですね。

さくま:でも終了はジャンプ的にはいいだろうけど、オレたちは困るよ。また次の敵が出てきたらJBSの順位が下がるわけ。また抜いてくれって言われるし。

榎本:ごぼう抜きにしたことがあったのよん。

さくま:速報で3位というのがあった。ドラゴンボール特集の時に。『ドラゴンボール』人気に乗っただけあんだけど(笑)。

土居:フリーザの時じゃないかな。『ドラゴンボール』すごい人気だったもんね。

さくま:そのときに『ドラゴンボール』特集やって(笑)。『ドラゴンボール』が1位で、JBSが3位だったんだよ。2位は何だったんだろう(笑)?

土居:気になりますね。

(中略)

――じゃあみなさん、学生時代からのつながりなんですか。

土居:そうそう。えのサンとはそうですよね。

榎本:さくちゃんとは学生時代からなのねん。

さくま:青木澄江さんがオレの漫研の後輩、立教の。えのクンは駒沢の漫研にいて、土居ちゃんが早稲田で。

土居:堀井さんの後輩だったから、堀井さんのつながりでさくまさんを紹介してもらって。

さくま:堀井雄二くんとオレが仲良しだったんで、一つ後輩の土居ちゃんと知り合いになった。

榎本:『ドラゴンクエスト』のロゴ作れたのも、堀井さんつながりで頼まれてやったのねん。ラッキーだったのよん。

さくま:『ドラクエ』のロゴをえのクンがデザインしたというのは意外とみんなに知られないし広まらないんだな。『桃鉄』も作ってるのにね。これも広まらないんだな(笑)。

榎本:ほんとなのねん(笑)! 今回の20周年のロゴもえのサンが作ったのに!

(中略)

――そんな人気絶頂のJBSが終了した理由というのは?


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01月04日(日)
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