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活字中毒R。
by じっぽ
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■ブラジル人を変えた『聖闘士星矢』
『ニッポンの評判〜世界17カ国最新レポート』(今井佐緒里編・新潮新書)より。
(「日本と日本人が現在世界各国でどう思われているか?」についての現地在住の日本人からの最新レポートを集めた本から。ブラジル在住の根川幸男さんのレポートの一部です)
【日本の23倍という広大な国土を持つブラジルは、19世紀以来、主にヨーロッパから500万人を超える移民を受け入れてきた。ブラジルの人種構成は、先住民のインディヘナ、征服者のポルトガル人、奴隷として導入された黒人の3つとされているが、20世紀初めまでは「白人種がもっとも優秀である」とい人種優生学の影響が強かった。
日本人の公的な移民は1908年の笠戸丸移民に始まったものの、有色人種の移民自体が決して歓迎されたものではなかった。そのような逆境の中で日本人が作った閉鎖的なコミュニティに対しても、バッシングがさかんに行われた。しかし、ブラジルでは植民地時代から、元からいた3つの人種の間で混血が進んでいたのも事実だ。米国の多民族社会が21世紀の今でも「サラダボウル(複数の野菜が一つの器に入ってはいるが、決して溶け合うことはない)とたとえられるのと対照的である。1937年から始まった新国家体制下では、「多様性の中の統一」「秩序と統一」がスローガンとなり、ブラジル・ナショナリズムが高揚したが、日系人はその統一を乱すものと考えられた。
さらに第二次大戦でブラジルは連合国側に立ったため、日系人は「敵性国民」になる。抑圧されるだけではなく、ネガティブなイメージまで与えられることになった。
状況が少しずつ変わり始めたのは、戦後になってからだ。「ジャポネース・ガランチード(日本人は保証付き)というような肯定的評価も生まれた。これは、「日本・日系人は信用できる」という意識と「日本人は馬鹿正直」といった多少の揶揄が含められている。このような評価がおこった背景には、日系人のブラジル農業への貢献、戦後日本の産業とテクノロジーの大躍進、そして1960年代からはじまる日系企業の進出が挙げられる。日本の技術は、何も育たなかったセラードという半乾燥地帯を、世界的な大豆の生産地に変えた。こういったブラジル人にとっては「魔術的」なテクノロジーや、それにともなう正直さ、勤勉といったものが日本への好評価をもたらしたのだ。
しかしそれだけでは、快楽主義のブラジル人の「日本はカッコイイ」という評価にはつながらない。劇的な、突然変異とすらいえる変化は、90年代に入っておとずれた。
日本製アニメ、なかでも90年代半ばに放映された「聖闘士星矢」は、ブラジルの子どものほとんどが視ていたと言われるほどのヒットとなり、これがジャパニメーションブームに火をつけたのだ。星矢がハイテクノロジーを駆使して悪者どもを次々とやっつけるイメージから、「日本=ハイテク」「日本人=正義の味方」、さらに「日本=カッコイイ」という図式が出来上がった。そんな「日本アニメ世代」が次々と大人になってゆく。
J−POPブームは「デカセギ」ブームとも重なった。90年に日本の入管法が改正され、92年には16万人の日系ブラジル人が日本へ入国、いま正規登録者数だけで約31万人が日本に住んでいる。失業率が高い上に先進国での就労ビザが取得困難がブラジルでは、日系人とその配偶者だけが日本で出稼ぎできるのは、「羨ましい」の一語に尽きる。日系人になりすますための文書偽造や整形手術をする者まで現われ、新聞を賑わせた。
日本で儲けてブラジルでマンションや高級車を買い、レストランを開いてオーナーになることが「成功」のイメージとして定着。最近では「日本で息子をJリーガーに、娘をモデルにして親は左団扇」が理想とまで言われている。日本を生で体験した世代が帰国して、直後に日本の今がアピールされた結果と言っていい。「日本は何でも揃っている」「ブラジルはしょぼい」という直輸入の情報が、「成功伝説」とともに駆けめぐったのだ。
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10月19日(日)
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