ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■『大戸屋』で「極貧の人のためのボトルキープ」が可能だった時代
『うまうまノート』(室井滋著・講談社文庫)より。

【渋谷宮益坂を友人と一緒に歩いていたら、「オヤッ!?」と目に留まったものがある。とあるビルの階段下から2階めざして作っている、女の子たちの行列だ。
 何なのかわからぬまま、私たちもスーッとその列の最後尾に並んで、それから2階の看板を見上げる。定食チェーンの店、『大戸屋』とあった。
「あれまぁ、女の子たちに人気っつうのは聞いてたけど、こんなに順番待つくらいなの!?」
 驚き、興味津々。そのまま、私たちも食事してみようという気になった。
 さて、店内に入って、またびっくり。
 中は広く、明るく、こざっぱりとして、とっても清潔だった。お客さんの約8割が女性のせいか、とにかく雰囲気がやわらかで、くつろげそうな感じ。

(中略)

 私が何を見てもいちいち声に出して騒ぎ立てるので、そのうち友人が怪訝そうに聞いてきた。
「ねぇシゲル、さっきから一人で何をそんなにヒャーヒャー言ってんの? 恥ずかしい……。皆、こっち見て笑ってるわよ」
 ハッとなって私は首をすくめ、口に手を当てて黙った。
 しかし、『大戸屋』のこの大変身を目の当たりにして、騒ぐなというほうが無理というもの。私は友人に向かって、小声で興奮のその理由を話し始めたのである。
 今から20年ほど前、私は大学生で、この『大戸屋』1号店である池袋東口店や、高田馬場さかえ通り店に通っていた。
 当時の『大戸屋』のお客は、その9割5分がおっちゃんや男子学生で、女の子の姿なぞほとんど見かけられなかったものである。
 店のメニューの安さといったらなく、贅沢さえ言わなければ、とにかくお腹はいっぱいになったが、女の子が出入りするのにはちょっと憚られるものがあった。
『大戸屋』の常連イコール金欠というイメージが、私たち学生の間では常識となっていたので、「あの子って、よーく大戸屋に行ってるらしいよ」なんて女の子が噂されてしまうのは、とても格好の悪いことだった。失礼ながら、そういう意味では、ハッキリ言って『吉野家』に一人で入るほうがまだましだったのである。
 当時の『大戸屋』が極貧の人のための店……というのには、実はひと役かっていた商品があった。
 桃屋の『ごはんですよ!』か、『江戸むらさき』である。
 古い話なので、どっちだったかはもう忘れてしまったが、このビン詰めののりを大戸屋では、ボトルキープさせてもらえたのだ。カウンターの前にはボトルを置く棚がもうけられ、何十……いや、何百という『ごはんですよ』が並べられていたものだ。ボトルには首から輪ゴムで丸いラベルが掛けられ、そこには氏名とボトルキープを開始した日付が書かれた。
 月末近く、親からの仕送りが入る前の4〜5日、キュウキュウに苦しかった私は、仕方なくコソコソと『大戸屋』に行った。ご飯セット(白飯・みそ汁・お新香)さえたのめば、あとはこのボトルののりをおかずにして、何とかご飯を呑み込めたのだ。
 さて、ある時、このボトルを巡って、小さな事件……いや、心の葛藤が生まれた。
 それは憧れの先輩と一緒にテーブルについて、各々、「ボトルね」と、自分のマイボトルを注文した時に起こった。
 私のビンの中身がもうほとんどなくなっているのを見て、先輩がやさしく、「ほれ、俺の喰えば? ……もう期限スレスレだけど」と自分のを差し出してくれたのだが……。
 その時、私としたら箸を持つ手をピタリと止めてしまった。先輩のことをとても好きなはずだったのに、なぜか私はそのビンの中に箸をつっこんでのりをとることができなかったのだ。
 お店の規則で、ボトルキープの期間は3ヵ月間と決められており、それを超えてしまうと、自動的に捨てられてしまうことになっていた。
 先輩は、この期限スレスレということに私が神経質になって食べないのだと勝手に思ったようで、「平気、平気、まだ3ヵ月以内、腐ってないさ」と笑った。
 しかし、そうではないのだ。
 先輩の……先輩だけのいろんなものが染みついた、プライベートなボトルに、自分はどうしても踏みこんでゆく勇気がもてなかったのだ。
「好きって思ってたけど、本当はそんなに好きじゃあなかったんだ……」

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08月25日(月)
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