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活字中毒R。
by じっぽ
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■「今日、『ママン』が死んだ」
『週刊SPA!2007/11/13号』(扶桑社)の「文壇アウトローズの世相放談・坪内祐三&福田和也『これでいいのだ!』」第264回より。
【福田和也:昔は、けっこう若いのにノーベル賞をやったのにね。カミュなんて44歳でしょ。
坪内祐三:若いよね。「名誉功労賞」化しつつあるからね、いまのノーベル文学賞は。
福田:フォークナーが52歳で、最年少はイギリスのキップリング。41歳で受賞でしょ。
坪内:村上春樹だって、いまも若い感じがしてるけど、もう60歳近いんだよね。じき還暦なんだよ、赤いチャンチャンコ。
福田:ですよね。
坪内:キャラは若いけど、大江(健三郎)さんが受賞したときと、すでに年齢は、さほど変わらなくなってきてるんだから。
福田:還暦になって、いつまで一人称を「僕」で押し通すのかっていう問題はあるね。村上春樹が、一人称を「僕」から「わし」に変えたら……。
坪内:「僕」っていう一人称、どう思う? 耐用年数とか、耐用キャラクターって、やっぱりあるもんだろうか。「僕は……」って文章、書いたことある?
福田:ないと思うけど……でも、いや、恥ずかしいことは何でもやったからなぁ。「俺」と「私」は覚えているけど。でも、「僕」もやってるかもしれない。いや、わからない。書いてる可能性がないとは言い切れない。
坪内:福田さんがいまから「僕」派に転向というのも面白いよね、急に。女の子で「ボク」もいるでしょ。
福田:水森亜土か!?みたいな感じだよね。
坪内:男で一時「あたい」っていう言い方があったじゃない?
福田:痛々しいね、なんか。
坪内:野坂昭如さんは一人称で悩んで、「保坂庄助」って架空のキャラクターを作ったりしてた。あと一人称で、「小生」ってのもあるよね。「小生、このたび定年を迎えて……云々かんぬん」とかさ。似合わず使ってる人がいる。
福田:「小生」ってね、「自分は小さい人間で」っている謙遜語だからね。最初から相手に、「おまえは小さいんだ」って思われてる人は、使う意味がないから。
坪内:雑誌なんかの原稿では悩まないんだけど、手紙やはがき、特に年上の人に対して返事を書くときの主語って、オレ悩むんだよね。
福田:そうですね。
坪内:「私」っていうのも変だし、もちろん「僕」とか「おいら」じゃおかしいし。すると、「小生」が一番収まりがいい気もするし。
福田:場合によっては、「小生」とか「愚生」って一人称を使いますよ。
坪内:「小生」で手紙を書いて……でも、読み返すと、やっぱり、そこだけ浮いちゃってたりねえ。
福田:石原慎太郎さんには、変な謙譲の仕方をすると、かえってバカにされるから、ちゃんと「私」って一人称を使うほうがよさそうだ、とかね。やっぱり相手見てやりますよね。
坪内:結局、考えたあげくに、そこは日本語の便利なところで……主語抜きでも文章が作れるからさ。田中小実昌さんはハードボイルド小説を翻訳するときに「I」っていう単語を、「私」や「俺」に訳したくなくて、主語なしで語らせてるんだよね。ドナルド・ハミルトンの『誘拐部隊』だっけな。
福田:主語というか、人称の翻訳問題で、最近になって凄さに気づいたんだけど、カミュの『異邦人』の窪田啓作訳で、最初の一文が「今日、ママンが死んだ」と。あれ普通に訳せば、今日お母ちゃんが死んだとか、母が死んだというのを、わざとそこだけカタカナで「ママン」にしている。その瞬間にもう、『異邦人』のベストセラーは決まったようなものですよ。あれは凄い。「ママンの恋人という男が来た」というのと、「母の恋人という男が」とでは、全然違うからね。窪田啓作は天才だと思うよ。今後誰かが、どんなに頑張って『異邦人』の新訳やっても同じだよね。だって、「ママン」と書くしかないだろうって。】
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11月23日(金)
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