ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■歴史を変えた「事務屋」たち
『武士の家計簿』(磯田道史著・新潮新書)より。
(「算術からくずれた身分制度」という項から)
【実は「算術から身分制度がくずれる」という現象は、18世紀における世界史的な流れであった。それまで、ヨーロッパでも日本でも、国家や軍隊をつくる原理は「身分による世襲」であった。ところが、近世社会が成熟するにつれて、この身分制はくずれはじめ、国家や軍隊に新しいシステムが導入されてくる。近代官僚制というものである。官吏や軍人は「生まれによる世襲」ではなく「個人能力による試験選抜」によって任用されるようになる。ただ、いきなり、そうなるわけではない。
最初に、この変化がおきたのは、ヨーロッパ・日本ともに「算術」がかかわる職種であった。18世紀には、数学が、国家と軍隊を管理統御するための技術として、かつてなく重要な意味をもつようになっており、まずそこから「貴族の世襲」がくずれた。軍隊でいえば、「大砲と地図」がかかわる部署である。フランスでもドイツでも、軍の将校といえば貴族出身と相場がきまっていたが、砲兵将校や工兵、地図作成の幕僚に関しては、そうではなかったという。弾道計算や測量で数学的能力が必要なこれらの部署は身分にかかわらず、平民出身者も登用されたのである。このあたりは『文明の衝突』で有名なS.ハンチントンの著作『軍人と国家』や中村好寿『21世紀への軍隊と社会』に詳しい。
余談であるが、ナポレオンが砲兵将校であったことは興味深い。貴族とはいえ、コルシカ島の出身で差別をうける彼が砲兵将校の道をえらんだのは、将来の出世を考えれば当然であった。そして結局、平民出身者の多い砲兵をひきつれて革命側につき、政権をうばってフランスの身分制にとどめを刺し、近代国家への道をひらいたのである。
日本でも、同じことがいえる。18世紀後半以降、幕府や藩は、もともと百姓町人であった人々を登用し、彼らの実務手腕に依存して行政をすすめるようになる。百姓や町人の出身者に扶持・苗字帯刀・袴着用などの特権をあたえて、武士の格好をさせ、行政をゆだねる傾向が強まった。武士と百姓町人の中間身分の存在が政治に大きな影響を与えるようになったのである。
京都大学名誉教授朝尾直弘氏によって提唱されたこの学説を、歴史学界では「身分的中間層論」とよんでいる。江戸時代は士農工商の厳しい身分制のように言われるが、文字通りそうであったら、社会はまわっていかない。近世も終わりに近づくにつれ、元来、百姓であったはずの庄屋は幕府や藩の役人のようになっていく。彼らはソロバンも帳簿付けも得意であり実務にたけていた。猪山家のような陪臣身分や上層農民が実務能力を武器にして藩の行政機構に入り込み、間接的ながら、次第に政策決定にまで影響をおよぼすようになるのである。猪山家は、その典型例であったといってよい。さらにいえば、明治国家になってからも、このような実務系の下士が、官僚・軍人として重要な役割を果たすことになるのである。】
参考リンク:ナポレオンの「片腕」だった男(活字中毒R。('06/3/8))
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金沢藩の経理業務にたずさわる「御算用家」であった猪山家の「家計簿」から、武士の日常の生活を読み解くという非常に興味深い本の一部です。
一般的には、平和な時代には「官僚」がもてはやされ、動乱の時代には軍人や革命家がもてはやされる、と思われがちなのですが、言われてみれば確かに「戦乱の時代」には、「経理の専門家」がよりいっそう必要とされるものなんですよね。
この本に出てくる猪山家の当主のひとり猪山成之は、明治維新の際に大村益次郎の新政府軍を軍務官として財政的にやりくりしていたのですが、
【新政府は「元革命家」の寄り合い所帯であり、当然、実務官僚がいない。例えば、1万人の軍隊を30日間行軍させると、ワラジはいくら磨り減って何足必要になり、いくら費用がかかるのか、といった計算のできる人材がいないのである。
このような仕事には成之のような「加賀の御算用者」がうってつけであった。加賀百万石の御算用者は「日本最大の大名行列」の兵站業務を何百年も担ってきたのである。事実、成之は大村(益次郎)をよく支えた。】
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06月01日(金)
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