ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「ものすごく怖いのは生きている人なんですよ」
『プロ論。3』(B-ing編集部[編]・徳間書店)より。

(作家・岩井志麻子さんのお話の一部です)

【ものすごく怖いのは生きている人なんですよ。何の疑いもなく、ためらいもなく、自分がいい人で、まっとうだと思っていたりする人がいる。そういう人の中に、ものすごい残酷さや差別意識があったりするわけです。自覚がない分、世の中で普通に恐れられている人よりもタチが悪い。これは怖いですよ。
 特に私が興味を持つのは、生きている女です。しかも、見かけからして壊れた女とか、派手な女、ケバい女ではなく、ごく普通の主婦やごく普通の仕事をしている女。そういう女の中に、ドロドロした怨念のようなもの、野望のようなものを、激しく感じることがある。何だか私は仲間意識を感じるんですよ。向こうは絶対に違うと思っていると思いますけど(笑)。
 では、なぜ女たちがドロドロするのか。例えば昔は、作家にせよ芸能人にせよ、特別の世界の人たちのものだったわけです。ところが、今は何かちょっとしたきっかけで有名人になれてしまう。なれない職業なんてないんです。頑張って努力をすれば、チャンスは手の届くところにある。だけどやっぱり、なれそうでなれないわけです。これは実はものすごく残酷なことなんですね。無理だからあきらめろと言われた方が、どのくらいラクか。何にでもなれるけど何にもなれない。手が届きそうなのに届かない。そういうもがき苦しむ空気が人々、とくに女たちを包んでいる。私はここにものすごくひかれるんですよ。
 そもそも新聞に大きく取り上げられる事件よりも、片隅にある小さな事件に激しく揺さぶられたりしますね。名所旧跡より、路地裏のたばこ屋さんをよく覚えていたりする。そこから妄想が次々に浮かぶんです。それを小説にしていく。
 何にでもなれるし、いくらでもチャンスがあるように見える時代です。だからとにかく可能性を信じようというのも、素晴らしい思想かもしれない。でも、私はどこかで折り合いをつけていかないと苦しみを生むと思っています。今の幸せも、しっかり感じるべきだということです。だいたい、幸せか不幸せかなんて、自己申告なんですよ。他人や世の中が決めるものでは決してない。
 勝ち組、負け組なんてのも、結局、世間の基準で言ってるだけでしょ。大事なのは、自分が自分をどう評価するかです。そうしないと、永遠に振り回されることになる。自分で価値基準を持つ、複数の価値観を持っておくことの方が重要だと思う。】

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 これって、岩井さんは自分自身の経験を踏まえつつ仰っているのではないかなあ、と思いながら、僕はこの話を読みました。岩井さん自身も、この「なれそうでなれないとう残酷さ」に、ずっと悩み続けていたのかもしれません。

 僕が以前解剖の実習とやっていたときに、みんなが御遺体を前にして緊張したり不安な気持ちになっているなか、一人の同級生の女の子が、手際よく実習をすすめながら、さらりとこんなことを言っていました。
「私は全然怖くないよ。生きている人間のほうが、よっぽど怖い」。
 彼女はすごく真面目な優等生、というイメージがあったのですけど、その一言を聞いて、彼女はちょっと怖い人だな、と思ったのをよく覚えています。どうして彼女のような「真面目そうな女の子」が、そんな心境に至ったのかは、結局、聞くことができませんでしたが。
 この岩井さんの話を読んで、真っ先に思い出したのは、その女の子のことだったんですよね。それ以前もその後も、実習中に僕の周りの男で、「生きている人間のほうが怖い」と言ったヤツは、ひとりもいなかったですし。まあ、他人に語るための人生観として、酒の席などでそういう言葉が出てくることはあったとしても、実際の「御遺体」を前にしてそう言い切られるというのには、なんだかすごいインパクトがあったのです。


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04月09日(月)
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