ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■元人気アイドルの「デビューして貧乏になっちゃった話」
『元アイドル!』(吉田豪著・ワニマガジン社)より。
(『ジェームス・ディーンみたいな女の子』というキャッチフレーズが印象的だった、大沢逸美さんと吉田豪さんとの対談の一部です。大沢さんの「アイドル時代」のお金についての話)
【吉田豪:ホント冷めてますね(笑)。もともと大沢さんが芸能界を目指したのは両親に家を建てたかったからだそうですけど。
大沢逸美:うん、それだけです(あっさりと)。とにかく、お金持ちになりたいっていうか、お金が欲しかった。
吉田:ダハハハ! 自分の欲みたいなものはなかったんですか?
大沢:ないですよ。洋服もアクセサリーも全然興味ないし。比較的冷めてたので、小学校の頃から「両親は私が食べさせなきゃいけない」と思ってましたね。
吉田:そういう思いで芸能界入りしたのに、皮肉にもデビューしたことが両親への嫌がらせにつながっちゃったわけですか。
大沢:そうですね。私がデビューしてから実家に帰ると、それまで住んでたアパートの全員が集まっていい顔してるんですけど、私がいないところでは散々なこと言ってたらしいんですよね。「あの家ではお金が右から左へ流れてる」みたいに。その妬みで、父なんて10年くらい乗ってる車をビーッって傷つけられて。たぶん、聞こえるような陰口も言われたんじゃないですかね。
吉田:確実に儲かってなんかいないんですけどね。著書によると、衣装代も自腹で大赤字だったわけだし(笑)。
大沢:そう! 当時はスタイリストさんとかみんな付いてないですから、自分で衣装を持って、お化粧して、衣装代は私にみんな伝票がついてたんです。
吉田;衣装代が自腹で、給料から寮費も引かれるから、デビューして貧乏になっちゃったっていう話は衝撃的でしたよ!
大沢:最初は、すぐお金持ちになれると思ってたんです。「お金持ちになりたいから芸能界」っていうのがありましたから、もうビックリですよね。「えっ、バイトと変わんないじゃん!」って感じで(笑)。
吉田:それどころかバイトは衣装代かからないですからね(笑)。
大沢:制服は支給してくれますもんね(笑)。あと、親もレコードをまとめ買いするだろうし、「娘をよろしく」みたいので付け届けもしていたでしょうし。
吉田:結局、大沢さんも事務所に前借りを繰り返すことになって。
大沢:全部払い終わったのが22〜23歳のときでしたからね。
吉田:それだと、歌番組とか出る気もなくならないですか? また衣装作んなきゃいけないんだ……」って感じで。
大沢:いやいや、そんなのなんにも考えてないんですよ。だって私が払ってるわけじゃないから。要は18歳ぐらいまでは全部親のところに請求が行ってたわけだし、こっちはそういうものだと思うじゃないですか。でも、違う事務所の子たちは「社長にステレオ買ってもらった」とか「ドレッサー」買ってもらっちゃった」とか言ってるんですよね(笑)。まあ、そういう事務所はみんな潰れてますけど。
吉田:結局、ホリプロは正しいってことなんですかねえ(笑)。
大沢:他の事務所の子は、みんな衣装どころか私服も買ってもらえたの。だけど私の場合、スタイリストさんがいっぱい持ってきてくれた服をマネージャーさんが「俺のプレゼントだよ」みたいな言い方するから「うわっ、ありがとうございます」って言ったら、それも全部ツケで(笑)。「ちゃうやん!」みたいな。別に私は欲しいって言ってないのに……。
吉田:これでホリプロ上場の秘訣がわかった気がしますね(笑)。
大沢:「そりゃ自社ビルも建つわな」みたいな(笑)。】
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大沢さんのヒット曲『ジェームス・ディーンみたいな女の子』が発表されたのが1983年だそうですから、僕にとっては、「ちょっとお姉さん」という感じの年齢のアイドルだったということになります。そういえば、テレビで「なんだか男みたいな女の人が出てるな」と思いながら観ていたような記憶もありますし。
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03月19日(月)
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