ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■伝説の高額切手「月に雁」の現在の価値
『PEACE』(みうらじゅん著・角川文庫)より。
(切手収集に関する、みうらさんの思い出。ちなみに、以下の文章の初出は1997年です)
【どっかの雑誌でちょこっと”切手”の話を書いた。すると久しぶりに会った緒川たまきが、
「私も切手、好きなんですよ」
と言ってきた。
ここが問題なんだけど、緒川たまきという人は今、とってもオシャレな人々の間で人気がある女優というか、”存在”なわけだ。オレはオシャレじゃないのでよくわかんないんだけど、まわりの人がそう教えてくれた。ということは、切手がオシャレなわけだな。
「へぇ^、じゃ”月に雁”とか持ってる?」
オレはうれしくって、そんな存在と切手の話ができて。
「みうらさんは今、”月に雁”1万円ぐらいって書いてましたけど、2万円しますよ」
オレの記憶は小学生の時から止まっているので、倍になっているとは知らなかった。
「昔は、”月に雁”さえあれば、家が建つって思ってたもんな」
切手話の基本は”月に雁”と、次に高かった”見返り美人”。それが出ると”写楽”そして”ビードロを吹く女”と相場は決まっていた。別にその絵柄が好きだったわけじゃなく、『原色日本切手図鑑』というカタログ(現『さくら切手カタログ』)を見て、いちばんわかりやすく高価だったからだ。
「キレイな切手を買って、それを貼って手紙を出すのが私のマイブームですね」
せっかく”月に雁”の話で彼女のハートをゲットしたかと思った矢先、緒川たまきはそう言った。
「貼っちゃーいかんな。出しちゃーいかんな、それ以前に指紋をつけちゃーいかんなぁー」
オレはいきなり鑑定団のオッサンのような気持ちになった。
「だってキレイなものは出したいじゃないですか? 喜んでもらえると思うから――」
その天使のような発言に、オレは一気に強欲ジジィに墜落。
「でも将来すごく値打ち出るかもしれんがな」
とたんに関西弁だ。
「キレイな切手を見ていると、心が休まりません?」
心が休まるって……言ったって……おいっ!
オレは怪獣ブームと同じく切手も、第一期生だ。決してリバイバルではないところが誇りだ。
それまで近くの公園で鼻をたらしながら泥だんごを作っていたオレ様が、突如として手はキレイに洗うは、ピンセットで切手をつまむは、切手帳の整理はするは、もう大変な変革期だったわけだ。オレと同様、公園のブランコに荒乗りして、地面に思いっきり顔面を打ちつけていた友人も第一期切手ブームを境に、清潔野郎に変身した。
「むちゃな交渉やで、おまえのお年玉小型シート、いくら見積もっても1000円ぐらいやで。それに”蒲原(かんばら)”つけるちゅーても、ま3000円ぐらいなもんやろ。言うとくけど、こっちは”月に雁”、ま一応消印はあってもや、5000円以上は確実にしよるわけですわな」
オレはそれまでクラスでは10位くらいの切手コレクターだったが、親戚のオッサンがくれた切手の中に何と!”月に雁”が入っていたことから、一気に切手王の座に上りつめた。
「見るのはタダやさかいにな、でも指紋はつけんといてや」
浪花のどけち商人のようなガキだったわけだ。
本気で”月に雁”さえあれば、家が建つと信じられていたあの頃、ガキが生まれて初めて大人の世界に首を突っ込んだようで、うれしかった。
その頃の夢は東京という街に行って、”ケネディ・スタンプ”などの切手販売所を回ること。オレの持っている切手でブイブイ言わすことだった。】
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12月21日(木)
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