ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025817hit]

■書店のトイレに「引きこもる」人々
「書店繁盛記」(田口久美子著・ポプラ社)より。

【ジュンク堂の女子トイレには「長時間のご利用はご遠慮ください」という趣旨のポスターが貼ってある。時々首をひねりながら読んでいる女性や、「なにこれ?」と笑いながら指をさしている二人連れを見かける。私だってよその店で見かけたら不審に思うだろう。
 かなり前のことだが、『本の雑誌』で「書店に行くとどういうわけかトイレに行きたくなる」という投書が話題を呼んだことがあった。共感・反論の葉書がかなり寄せられて、紙面をにぎわせた。当時私は百貨店勤務だったので、たいした実感もなく「たわいもないこと」などと思っていたのだが、書店ビルに勤務すると「いや、根拠がないこともなかったようだ」などとしきりに思うようになった。
 書店とトイレには怪しい関係があるに違いない。その極端な形が「ひきこもり」だ。
 ポスターを貼って警告するなんて、ひきこもっている当人が気の毒ではないか、きっと心に病を抱えているのだろう、出たくでも出られないのだ、などとちょっと迷ったりもした。しかし、数時間も占拠されるよとちょっとね。それに心ゆくまで「よそんち」のトイレにひきこもって、その病気が(私は病気だと思う)治るのだろうか。「その人は行く場所を間違えていますよ、トイレじゃなくて病院へ行ったほうがいいですよ」と逡巡する私の背中を売場の社員が押してくれる。

(中略)

 思い起こせば何年か前にも「ひきこもりオネエサン」がいましたね。あれは二代目の店長の山下繁のときだったから、2001年の増床より前だった。

(中略)
 あの頃私は1階が常駐フロアであった。女子トイレは3階で、一日に数度はお邪魔する。ある日ふと気づいたのだが、個室の隅にコンビニ弁当とお茶のボトルのカラが置いてある。一度目はアレっと思った程度だが、何日か続くと気になる。何でしょうね、トイレで食事とは。清掃員に聞いてみた。「気づきましたか? ここのところ毎日のように閉じこもるひとがいるんです。長いときには半日」「えっ? そんなに長く、何をしているの?」「知りません。いつ行っても掃除ができないんで、ドアを叩くんですが、返事がないんです。お昼ごはんだけじゃなくてタバコも吸っているらしくて、煙が出ているときがあるんですが」「姿を見かけたことは?」「はっきりとは分からないけれど、もしかすると、という人はいます」
 店長の山下と相談して、いろいろ事情はあるかもしれないし、きっと哀しい人なのだろうが、とにかく出て行ってもらいましょう、ということになった。次にこもっていたら知らせてください、と清掃員にお願いした。
 翌日か翌々日には「発見」の連絡が入った、と思う、とにかくそんなに日をおかずに「来襲!」とあいなった。開店してすぐに入った女性(多分)が1時間以上も出てこない、ということだ。山下と私はとにかく駆けつけた。山下は「すみません、僕は入るわけにいかないので、田口さんが」と、すがりつくように言う。まあ、そりゃあそうだろう、と思いながら、こんなときはどう言えばいいんだろう、と考えあぐねるのだが、どうしたっていい答えは思いつかない。なんといっても特定の方法がないのだ。誤認だったらどうする? トイレにこもるのは「犯罪」ではないし。
 清掃員は時々ドアをノックしたけれど、反応がない、と個室に聴こえるように言う。もう2時間近くですよ、と。私は「中でタバコを吸っているって、本当?」などとこれも大きな声で言う。「困りましたね、警官を呼びましょうか」とわざとらしいことを言う。個室は相変わらずシーンとしている。「すみません、清掃の時間なので出ていただけますか」と清掃員はドアを叩く。シーン。
 もう少し様子をみましょう。変化があったら連絡してください、と清掃員にお願いしていったん引き上げた。こんなことばかりに関わっているわけにいかない。「でも何とか今日中に解決したいですね。何かいい案はないでしょうか」と山下と顔を見合わせるのだが、いい知恵など出ようがない。知恵より「彼女」に出てもらわねば。

[5]続きを読む

10月25日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る