ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「コント」と「コメディ」と「笑いの多い舞台」の違い
「演技でいいから友達でいて〜僕が学んだ舞台の達人」(松尾スズキ著・幻冬舎文庫)より。
(松尾スズキさんが、さまざまな「舞台人」たちと対談されたものをまとめた本。ラサール石井さんの回の一部です)
【松尾スズキ:ところで石井さんは、コントとコメディと笑いの多い舞台の違いを、実際すべて経験している人間として、どう捉えているんでしょう?
ラサール石井:まずやっぱり、コントは時間的にも内容的にも圧縮されてますよね。で、笑わせることをまず目的としている。その度合いがいちばん強いのがコントですね。でもリアリティーは絶対なきゃいけない。下手な漫才が会話に見えないから笑えないのと同じように、リアリティーがないと絶対に笑えないから。ただ、その振幅の幅は極端なほうがいい。技術的に言うと、声が大きいほうがいいとか、できるだけ正面を向いたほうがいいとかね。コントは長くても15分だから、芝居をやるときみたいに、最初はわざとシリアスなトーンで入ってみるとか、ものすごく日常的な設定を見せるとか、そういう演劇的なことをやっていると、笑いまで届かない。笑いを求める度合いが強いだけに、その辺は省いていかないと。
松尾:コメディはどうですか?
石井:ある程度筋があるから、ストーリーに沿って進みますよね。そこでちょっと日常的なことは出てきますけど、まあコメディだったら、CMネタを言っても楽屋落ちがあってもOKだし、演者が先走っていることがあってもいい。でも、それが「笑いが多い芝居」ということになると、「そこにいるその人はそれは言わないだろう」っていう最低限のルールを守らないといけないと思うんですね。あえてそれを壊す喜劇もあるだろうけど、そしたらそれを満たすだけの計算が随所にないと、演劇として成り立たないから。いずれにしても、どれをやるにしろリアリティーは必要で、そのためには芝居がちゃんとできないとダメですよね。よく、コントと芝居は別だと思ってる俳優さんに、「僕もコントがやりたいな」なんてふざけて言われるんだけど、「いや、あなたはその前に演技をやったほうがいい」って、僕はいつも思うんですよ。
松尾:コントが上手い人って、基本的に芝居も上手いですからね。
石井:芝居をちゃんとしないと、人は笑わないんですよ。僕はときどきコントのワークショップをやるんだけど、だいたいいつもやる設定は、学校をエスケープしようとする不良学生と、それをやめさせようとする真面目学生。それをアドリブでやらせると、まず不良学生がそこに居ようとするんだよね。2人がそこにいることが予定調和になってしまって。で、「不良学生はエスケープしたいんだから、行けよ」って言って、袖のほうに行かせると、今度は真面目学生がそれをボーっと見てる。だから「それじゃダメだよ、止めなきゃ」って言って、引き留めさせて、「学校のどこがつまんないんだ?」とかいろいろ質問させて。ちなみに、さっきのコントとコメディの違いで言えば、このとき袖の近くで引き留めても、そこでそのまま芝居を続けるのがコメディ、不良学生をそこから中央にいちいち引っ張ってくるのがコントですよね。
松尾:なるほどなあ。
石井:ワークショップでは、そうやって僕がああしろ、こうしろって指図しながらコントを続けさせて、参加者はその間を覚えていくわけなんですが、じつはこれ、コントの練習じゃなくて、芝居の練習なんですね。要は、常にどうリアルさを保っているかっていうことなんですよ。芝居のワークショップとして、コントを使っているんですよね。】
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この石井さんのお話を読んでみると、「コント」と「コメディ」と「笑いの多い舞台」には、どれもその基本は「芝居」であるという共通点があるみたいです。「面白くないコント」を見せられたときに、多くの人は「ネタがつまらないから笑えない」と考えがちなのですが、実際は「芝居ができていないからネタが生かせない」ことも少なくなさそうです。
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10月24日(火)
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