ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■被告人席の「演技者」たち
「危ないお仕事!」(北尾トロ著・新潮文庫)より。
(「裁判」の魅力にとりつかれ、月に数回のペースで裁判を傍聴しているという北尾さんが見た、裁判所のさまざまな人々)
【まず、強引すぎる弁明。これは強姦やチカンなど、明確な証拠が残りにくい事件で多い。
たとえば、居眠りしている女子高生のスカートの中が見える写真を撮影したけど、それは女子高生を撮ったらたまたまスカートの中が写っただけのことで、下着を写すことが目的ではなかったのだから無罪だとする主張。そんなことを言っておきながら、他の乗客から盗撮を指摘された瞬間、写真を撮った携帯電話をブチ壊して証拠隠滅を図っているんだけどね。
(中略)
窃盗では、ハッと気がついたらバッグに品物が入っていたという定番の言い訳がある。そんなの誰が信用できるかって話だが、被告人は真剣な顔で言う。
「私も本当に不思議でしょうがないんですが……入っていたんです」
その言い方はいかにもわざとらしくて、小学生の学芸会レベルの演技力。誰も真剣に耳を傾けたりはしない。それでも本人にとってはここが勝負所。高齢で仕事の当てもなく、身元を引き受けてくれる知人もおらず、家族でさえ傍聴にこない、”ないないづくし”の状態であれば、罪を認めることが執行猶予なしの実景につながる可能性は高くなる。
「冷静に質問に答えてくださいな」
という弁護人の声も、耳には入らない。拘置所で考え抜いたクライマックスに向けて、被告人の演技はエスカレートするばかりだ。
これが、たいていは同じなんだなあ。涙である。
「私は……私は……(このへんで泣きの態勢になる)、やっておりません!(号泣)」
しょっちゅう同じような光景に遭遇するからだろう。ぼくは、この戦法が功を奏した裁判を見たことがない。
被告人にとっては一世一代の演技が、裁判官にとってはよくあるサル芝居なのだ。ぼくはすべての裁判官が優れているとも信頼できるとも思わないが、被告人の心を見透かす眼力については、常人よりもはるかに研ぎ澄まされていると感じる。被告人や弁護人の熱っぽい発言に心を揺さぶられているとき、アクビをかみ殺すような裁判官の表情を見て我に返ることがよくあるのだ。で、検察官の反論を聞いて、なるほどそういうことか、やっぱりやっているよなと思い直すこともたびたびである。
懸命な被告人とクールな裁判官。両者のギャップがかもしだす間延びした雰囲気は、裁判ならではの味わいだろう。でも、どうにかして罪を逃れたいという被告人の行動には、憎みきれない愛嬌を感じてしまう。
もっとも、覚醒剤だとこうはいかない。
「私のバッグに入っていたことは認めます。ですが、私はシャブやらないんだから。やらない人間がどうして持っているんですか、裁判長」
警察官にハメられた、敵対するグループのワナにかけられた、知らない男から中身を見るなと言われて預かった、遊びゴコロで買っては見たが怖くなったから使用はしていない、腕に注射痕があるのはためらい傷のようなものでトライはしたがカラダには入れていない……。
こうなると、ふてぶてしさが漂うばかり。やってるから持ってるだけでしょ、と傍聴席から有罪を言い渡したくなるってもんだ。】
〜〜〜〜〜〜〜
当事者にとっては、「一世一代の大芝居」のつもりでも、周囲の「裁判のプロ」からしてみれば、「典型的なサル芝居」になってしまっているというのは、なんとも皮肉な話です。ほんと、演じている被告のほうにとってはものすごく切実な状況なだけになおさら。被告になってしまった人は、それまでの人生で裁判所の被告席に座る機会なんてまずなかったでしょうし、裁判の傍聴の経験があった人もほとんどいないでしょうから、まさか、「みんな同じようなことをやっている」なんてことは、予想もしていないわけで。
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07月15日(土)
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