ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025203hit]
■鈴木慶一、『初音ミク』を語る。
「初音ミク」がこれだけのブームになった理由として、「作曲に興味はあるけれど、発表の場がなかった」人たちが潜在的にたくさんいて、彼らがこのツールに飛びついたのではないかと僕は考えているのです。
「それならば、無理にボーカルを入れないで、インストゥメンタルで発表すればいいじゃないか」と思う人も多いかもしれませんが、「素人が作ったインストの曲」に興味を示してくれる人はそんなに多くありません。
それが、「初音ミク」という「共通のツール」を媒介にすることによって、多くの人の耳に届けることが可能になったのではないか、と。
「自分が作った曲です」と動画サイトに投稿しても誰も聴いてくれなかったのに、「初音ミク」が歌うことによって、とにかく「聴いてもらえるようになった」。ブログ時代になって、「日記」を書く人が増えたのと同じことなのだと思うのです。
「アニメ声が好きなオタクみたいな人たちが女性とのコミュニケーション不全を補うために使っているんじゃないかという意見」というのは、まさに「一部の人の先入観」に満ちているような気がします。
そういう「女性とのコミュニケーション不全の解消」であれば、もっと直接的なツールはたくさんありますからねえ。
まあ、確かに「好きな歌詞を『歌わせる』ことができる」というのは、市販のビデオなどで「その言葉を使っているのを受動的に耳にする」よりもずっとある主のフェティシズムを充たすのかもしれません。
その話題に対する鈴木慶一さんの「大体のものはそういう風に、不純な動機から発達していくんです」という反応も、それはそれでけっこう率直なものですし。
PCエンジンのCD−ROMの発売初期に、当時アイドルだった小川範子さんが登場するゲームがあって、そのゲームはクリアすると最後に小川さんがユーザーが登録した名前を呼んでくれるのですが(当時はそれがすごく斬新だったんです)、その最後の「一言」のために、ちょっと卑猥な名前を登録して、一生懸命何度もクリアしていた人もけっこういたみたいですから。
僕は自分の声が嫌いで、昔は留守番電話のメッセージも自分の声で吹き込むのが嫌で嫌でしょうがなかったのです。
仮に作曲ができたとしても、「自分で歌おう」とは思いません。
だからといって、誰かに「この歌を歌って」と頼むのもなかなか敷居が高い。
そういう人間にとって、「初音ミク」のようなボーカロイドの存在は、ものすごく心強いのではないかなあ。
このインタビューを読んでいて、僕がいちばん考えさせられたのは、「声」とはいったい何なのだろうか?ということでした。
「声」って、もっとも身近に接することができる「個性」のひとつですよね。声とか喋りかたで、第一印象はかなり変わってきます。「声や喋りかたが嫌い」な人と恋をしたり結婚生活を維持するのは、なかなか難しいことのように思われます。
もっとも、「昔はそんなふうに感じなかったけど、だんだんイヤになってきた」ということはありそうですが。
まあとにかく、「声」というのは、ある意味「顔」以上に「その人固有のもの」だったわけです。
ところが、「初音ミク」のようなボーカロイドがどんどん進化すれば、最終的には、「誰のどんな声でも出せる」ようになっていくはずです。
「鈴木慶一と全く同じように歌えるボーカロイド」が登場したとき、その歌はいったい、誰のものなのか?
やっぱり「鈴木慶一のもの」なのか、それとも「誰のものでもない、機械の声」として扱うべきなのでしょうか?
そういう場合に、鈴木さんは「歌唱料」を求められるのかなあ。
「ライブは迫力が違う」といっても、究極的には、「ライブのときの声を分析して再現したボーカロイド」だってできるはず。
鈴木さんは、「歌というのは、リズムとかメロディーとか歌詞だとか、いろんな要素がまじりあっているものだから」ボーカロイドが歌手の仕事をすぐに奪うことはないだろうと仰っておられますし、たぶん、僕も実際はそうなのだろうな、とは思うのですけど、いつか「完璧なボーカロイド」ができるのではないかとも予想しているのです。
そうなると、「プロの歌手」は必要なのか?
[5]続きを読む
02月23日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る