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活字中毒R。
by じっぽ
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■堀井雄二「『ドラクエ6』発売からが本当に長かった……」
 『ドラゴンクエスト4』の発売は、1990年2月11日。ここで2年間空きます。当時は、「けっこう待たされたな」という記憶がありました。
 スーパーファミコンにハードを移した『ドラゴンクエスト5』の発売は、1992年9月27日。前作から2年半。
 『ドラゴンクエスト6』は、1995年12月9日。ついに前作から「3年超え」です。それでも、堀井さんの感覚としては、「ここまではまだ順調」だったようです。もちろん、「7以降に比べたら」ですけど。

 その後、プレイステーションで発売された『ドラゴンクエスト7』は、前作から5年近くかかって、2000年8月26日発売。
 プレイステーション2で発売された、『ドラゴンクエスト8』は、2004年11月27日発売。『8』って、出るまでにものすごく待たされた記憶が僕にはあるのですが、実際は、『6』から『7』のときよりも、少し短い間隔で出ています。
 この頃になると、もう「ドラクエは1ゲーム機に1作」、「オリンピックの開催と同じくらいの発売間隔」といわれるようになってきました。
 そして、現在大ヒット中の『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』は、2009年7月11日発売。「なんとか5年は超えないように頑張っている」というのが、近作の発売ペースのようです。
 出せばまちがいなく売れる商品ですし、周囲の期待も高いので、開発期間が長くなるのは、しょうがないことではあるのでしょうけど、「このままだと、僕が死ぬ、あるいは主要スタッフの誰かがゲームを作れなくなるまでに、あと何作遊ぶことができるのだろう……」という気分にもなってしまいますね。
 ああ、でも『7』以降は、作っている堀井さんたちにとっても、やっぱり「長かった」のだなあ……

 あと、このインタビューのなかで興味深かったのは、堀井さんが、【テレビを見ながらチマチマ遊んでもいい。難易度が高めのクエストもありますが、わからなくなったら友達に聞いたり、ネットで調べるのもオーケーです。その行為自体が、すでにゲームの楽しみのひとつですから】と仰っておられたことでした。
 僕が最初に『ドラゴンクエスト1』で遊んだ1986年には、インターネットでいつでもゲームの攻略サイトにアクセスできる時代が来るなんて想像もつかず、行き詰ったら「友達に聞く」か、「ゲーム攻略本を読む(といっても、全部答えが書いてあるとは限らない)」か、「雑誌などにヒントが載るのを待つ」くらいしかありませんでした。そういう時代の「ゲームの難易度設定」というのは、いまの時代よりもやりやすかったはずです。
 「自分ひとりの力で、どのくらいの人が解けるのか?」というデータを集めればよかったのですから。

 いまは、「攻略情報」を得ようと思えば、ある程度の人気ゲームなら、ネットで簡単に「答え」を知ることができます。僕自身、ゲームの謎解きで悩んだとき、25年前なら一晩中考えていられたのに、最近は1時間くらいで、「時間がもったいないし、攻略サイト見ようかな」という衝動に駆られます。
 ゲームを作る側からすれば、「プレイヤーは、攻略サイトを見る可能性が高い」ことを想定せざるをえない状況です。
 攻略サイトを見ながら遊んだ人に、「こんなゲーム簡単!」なんて言われては、もうどうしようもないですよね。「攻略サイトを見る人基準」の難易度だと、「見ない派」にとっては、とんでもなく難解なものになってしまうでしょうし。

 堀井さんは、「わからなくなったら友達に聞いたり、ネットで調べるのもオーケーです。その行為自体が、すでにゲームの楽しみのひとつですから」と仰っておられますが、これは、20年以上『ドラゴンクエスト』を創ってきて、ゲームの「難易度設定」について悩んできた堀井さんの「自分自身へのひとつの答え」なのでしょうね。
 創り手の都合に合わせてユーザーが動いてくるわけではないのだから、現実に行われていることは、それを受け入れて「ゲームの一部」にしていくしかない。本当は、「自分の力で解いてみてね」と言いたくても。
 こういう堀井さんの「柔軟な発想」こそが、『ドラクエ』をずっと支えてきたのではないかと思います。
 とはいえ、僕自身は、「れんきんがまとか、めんどくさいなあ」とも、つい考えてしまうんですけどね。

07月25日(土)
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