ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■『ブラック・ジャック』が終わった日
 あの『ブラック・ジャック』は、当時少年誌では「過去の人」となりつつあった手塚先生が、『週刊少年チャンピオン』の名物編集長であった壁村さんから「短期集中連載」として頼まれた作品だったというのは僕も聞いたことがありました。それが、あまりに反響が大きかったために連載は続いていくことになったのです。

 この福元さんの回想を読んでいると、『ブラック・ジャック』を週刊誌で連載することの大変さが伝わってきます。「手術シーン」なんて、そう簡単に見られるものでもないし、当時は資料集めも並大抵の苦労ではなかったはず。
 でも、それを逆手にとって、「手術シーンのストックをあらかじめ作っておいて、使えそうな話ではそれを使う」という「効率化」を編み出したのは、「同じ絵のキャラクターを作品ごとに役割を変えて使いまわす」という「スターシステム」を生んだ手塚先生らしくもありますよね。
 大部分の読者には「こういう病気に対する、正確な手術シーン」をイメージし、誤りを指摘することは不可能ですから、それらしくて迫力があれば十分だったのでしょう。
 もし、手塚先生が「ディテールのリアルさにこだわるマンガ家」であれば、『ブラック・ジャック』を5年にわたって週刊誌で連載することは不可能だったはずです。
 そして、『ブラック・ジャック』をこれだけ長年愛される「名作」にしたのは、壁村編集長の存在も大きかったのではないでしょうか。あれだけの「物語」を毎週1つ作っていくのはかなり大変だったはずで、「2〜3回の続きものにしたい」というのはよくわかります。でも、もし壁村さんがそれを受け入れていたら、『ブラック・ジャック』は、次第に冗長になっていったかもしれませんし、「喫茶店や友達の家にあった単行本で偶然1つのエピソードを読んでハマってしまう」人も少なかったはず。ずっと「1話完結」であったために、新しい読者にとっては、どこからでも読めて、すごく敷居の低い作品になったと思います。「長編」を読んでみたかった、という気持ちもあるんですけどね。

 『ブラック・ジャック』の最終回が、スタッフにとっても突然やってきたものだった、というのは、この新書で初めて知りました。
 僕も『ブラック・ジャック』は全巻持っているのですが、あの「最終話」である「人生という名のSL」は、「1話完結」が大原則の作品であっても、全体の話の流れのなかで、なんだかものすごく唐突なエピソードのようにも感じましたし、「最終回」というよりは、「1話だけBJがみた夢をそのまま描いた」ような話で、その次の週にいつも通りのエピソードが載っていても違和感がない(それでいて「最終回」としても違和感がない)不思議な印象の作品でした。
 この話を読んでみると、あの「人生という名のSL」は、なんらかの理由で、手塚先生自身にとっても「突然の最終回」にせざるをえなかったのかな、という気がします。『週刊少年ジャンプ』の10回打ち切り作品ならともかく、長期連載された人気作品であれば、普通は「最終回までの流れ」を考えて、スタッフにも告知しておくものではないかと思うので。
 
 それにしても、この新書を読んでいると、手塚先生(とスタッフたちは、常に「連日の締め切り」に追われていて、「60歳の若さで亡くなられた手塚先生」も、その仕事の密度を考えると、「こんなにハードな仕事漬けの生活で、よく60歳まで体がもったなあ……」と思えてきます。

04月29日(水)
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