ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■昭和天皇のサンドイッチ
「じゃあ、食べようね」とおっしゃって、陛下がご自分の好きなイチゴジャムのサンドイッチをお口に入れられた瞬間に「美味しいね」というお声が耳に入りました。私が作ったわけではありませんが、自分に言われたことのようにうれしくなりました。
 たぶんそのときは、私の記憶に間違いがなければ、皇后陛下のほうを向いておっしゃっておられたように思います。
 私はそのとき、陛下が残りものをみんなで分けるという発想ではなく、ご自分が召し上がるときに、ご自分のものを一口ずつでも分け与えて、同じものを食べようという、まるで家族のようなお気持ちの温かさに心を打たれたのです。
 これがきっかけで、昭和天皇のことをとても身近に感じると同時に、憧れが尊敬に変わり、陛下にお仕えする臣下としての誇りをさらに強く持つようになりました。】

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 「天皇、皇后両陛下ご結婚50年」ということで、最近読んだ『昭和天皇のお食事』という本のなかから。
 渡辺さんが宮内庁に入られたのは1970年のことだそうですから、これは、昭和天皇が70歳くらいのときのエピソードになります。
 
 僕がこれを読んで驚いたのは、「天皇陛下のためのサンドイッチのつくりかた」でした。食材はもちろんのことなのでしょうが、皇室では、「サンドイッチの見た目」にもこんなにこだわっているんですね。
 僕のとってのサンドイッチは、具の厚みによって、全体の厚みが不揃いになるのが当たり前というか、「厚みを揃える」という発想そのものがありませんでした。
 ところが、「天皇陛下のサンドイッチ」は、「本当に切れているんでしょうか?」と聞かずにはいられないくらい、パンとパンの境目がわからないように、びっしりときれいに入っているのです。それも、「具の量を調節して合わせる」のではなく、味を落とさないように「パンの厚みを調節」し、「パンには指のあとが残ることは許されない」という厳しさ。
 こういうのを読むと、本当の「贅沢」というのは、食材や食器の豪華さではなくて、「徹底的に丁寧な仕事をさせる」ということなのではないかな、と考えさせられます。

 後半の「那須の山を歩いたときのエピソード」では、晩年の昭和天皇の日常がうかがわれます。
 太平洋戦争のあと、「人間天皇」として時を過ごしてこられたとはいえ、やはり「最高権力者」としての習慣は残っていたのだろうな、と想像していたのですが、ここで描かれている昭和天皇は、「皇室というひとつの家族を見守る優しいおじいちゃん」のように感じられました。
 僕は子供のころ、「天皇なんて約束された地位の人間が、民主主義で平等な国の日本にいるのはおかしいんじゃないか?」などと憤っていたのですが、こうして大人になってあらためて考えてみると、いまの皇室というのは、「普通の日本人にとっては遠いものになってしまった、伝統的な日本人の家庭生活を時代をこえて示しつづけているタイムカプセル」みたいなもののようにも思われます。
 この「おいしいね」が、皇后陛下に向けての自然な言葉だったことが、よりいっそう渡辺さんを喜ばせたのでしょうね。

04月10日(金)
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