ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025232hit]

■絵本『ぐりとぐら』ができるまで。
中川:そうよ。読む人の自由ですもの。

――そう言って笑い合う李枝子さんと百合子さんに、最後の質問をしてみた。「ぐりとぐらは、いったい何歳なのでしょう?」すると、こんな返事が返ってきた。

山脇:この人たちは、立派な自立した大人なのよ、ね?

中川:そうねえ、なんでも自分たちのことは自分でできるものね。

山脇:ええ。じゃなきゃ、お掃除もこんなに上手にできないし、お料理だって、もっと下手っぴじゃないかしら(笑)?】

参考リンク:30年ぶりの『ぐりとぐら』(琥珀色の戯言)

〜〜〜〜〜〜〜

 子供ができて、僕も「絵本」を手に取るようになりました。
 30年くらい、「絵本売場」には寄りついたこともなかったのだけれど、「これは自分の子供に読んでもらいたい本だろうか?」という視点で絵本に接するというのは、すごく新鮮な体験です。

 この『ぐりとぐら』は、子供のころ僕が大好きだった絵本。家に置いてあったので妻に尋ねると、「友達がお土産に持ってきてくれた」とのことでした。「まだあったんだなあ」と懐かしく思いながらページをめくっていると、けっこう字が多いことと、最後の「卵の殻」の利用法の意外性にあらためて驚かされました。

 『ぐりとぐら』は、1963年に「こどものとも」誌上で発表されて以来、日本だけでなく世界各国で愛され続けるふたごの野ネズミ「ぐり」と「ぐら」のお話。
 
ぼくらの なまえは ぐりと ぐら

このよで いちばん すきなのは

おりょうりすること たべること

ぐり ぐら ぐり ぐら

 この「ぐり ぐら ぐり ぐら」のところ、読んでいるほうもけっこう楽しくなってくるんですよね。まだよくわからない顔をしている息子そっちのけで、延々と「ぐり ぐら ぐり ぐら」と続けてしまいそうなくらいに。

 この『ダ・ヴィンチ』のインタビューを読んで、僕は『ぐりとぐら』の2人の作者が姉妹であることと、中川さんが実際に保育園で働き、子供たちと接した経験から、この物語をつくりあげたことを知りました。

 1960年代前半の日本での「ホットケーキ」は、子供たちにとって、「すごい御馳走」だったと想像できますし、中川さんが「それなら、もっと豪華に『大きなカステラ』を!」と考えたのもよくわかります。
 僕がこの絵本を読んだ1970年代の半ばでも、「カステラ」というのは、「長崎に行った人がお土産に買ってきてくれたのを年に1回口にできるかどうか」だったという記憶があります。『ぐりとぐら』の大きなカステラは、本当に美味しそうで、それを「けちじゃないよ」と森の仲間たちに惜しげもなく分け与えるのを読んで、「僕もその場にいたかった……」とつくづく思ったんだよなあ。

 いまの子供たちにとっては、「カステラ」はあまり珍しいものではないし、「ごちそう」ではないのかもしれませんが、この絵本はいまでも売れ続けていますから、「あのカステラ」は、いまの子供たちにとっても、まだまだ魅力があるのでしょうね。

 このインタビューのなかで僕がもっとも印象に残ったのは、中川さんの
【教訓を込めてはいけないの。本で何かを教えようなんてしてはいけないと、私は思うの。楽しめれば、それでいいのよ。】
という言葉でした。
 「親としての目線」でみると、どうしても「教訓を与える本」「勉強になる本」みたいなのを読ませたいという衝動に駆られるのだけれど(そして、そういう「押し付けがましい絵本」って、たくさんあるんです)、子供はそういう本をちゃんと見分けて、拒絶反応を示します。
 そういえば、僕もそういう「親にとって都合が良い本」は、あんまり好きになれなかった。
 面白いとか、美味しそうとか、楽しそうとか、カッコいいとか、気持ち悪いけど心に引っかかるとか、そういう絵本が、僕の友達だったのです。

 その一方で、山脇さんが仰っておられるように、
【でも、読む人によってはわからないわよ。「やっぱり大掃除はしなくちゃいけないというメッセージが行間に溢れている」なんて思う人がいるかもしれないもの(笑)。そのときは……仕方がないわよね。その人がそう感じたんだから(笑)」】


[5]続きを読む

03月16日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る