ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■鈴木慶一、『初音ミク』を語る。
冨田:鈴木さんはボーカロイドがより人の声に近づいていくような技術革新が今後なされていくと考えてらっしゃいますか?

鈴木:ボーカロイドの発展形としては、今はプログラムされた初音ミクという声しかない段階から、それが誰の声でも成り立つというようなソフトにまでいくでしょうね。そうなるともっとすごいことになるでしょう。あなたの声であなたの作った曲が歌えるということだからね。

冨田:要するに声を音として分解して、どの音をどの域で足せばある特定の「この人」の声になるという次元の話ですよね。

鈴木:そうですね。声紋みたいなものです。それで、自分の声をジョン・レノンに近づけたいんだけど、という風になったとして、その場合そのキャラクター/個性というのはどうなっていくのかという非常に根本的なことを考える時期が来ると思うんです。これは面白いといえば面白い。私とは何でしょう?ということを常に考えないといけないわけですね。具体例としての声を聞いてね。

冨田:そうだと思います。ボーカロイドというものがバーっと流行ったおかげで、いろんな一般ユーザーも含め「声って音なんだ」というすごく当たり前のことに気づかされた。その延長上で「自分の声って何だろう?」「個性って何だろう?」という問題をボーカロイドに投影し、見つめていく時代かもしれないですね。

鈴木:他の楽器は既にシミュレーションがなされちゃってどんなサウンドでもつくりだせるわけだけど、同様に、自分の声でマイ・ボーカロイドみたいなものができるようになったとすると、皆さんどうするだろうね? 他人の女性の声だからこそ良いっていう人もいるだろうし、まあ多様性をもって進んでいくんだろうね。初音ミクとデュエットするとか(笑)、そういうのも出てくると思う。

冨田:例えばそういったかたちで、鈴木さん自身の声をいろんな人が流用する状況になったとしたらどう思われますか?

鈴木:まあ、良いんじゃないかな(笑)。使用料はどうする?(笑)利用するという状況においては、他にもまだいろんな要素がたくさんあるからね。音楽というものは声とかの音じゃなくてリズムだったりメロディーだったり歌詞だったりといったものが混合した、非常にカオスな中で個性が現れるもので、だからその一個だけをどうにかしようとしてもなかなか上手くはいかない。例えば自分の歌を直すときでも、「ここまで直すとちょっと俺の歌じゃない」とか、「こんな歌いかたはしていないなあ」っていう場合があって、その時には別の修正方法を工夫したり、そのままにしたりという選択があるからね。だから、今後はすごく整頓されたものとしての音楽もどんどん出ていくんだろうけど、整頓しすぎると非常につまらなく、画一的になってきちゃう。80年代の終わりから90年代にかけて、値段の安いシンセサイザーが巷に出てきたとき、みんな良い音になって、みんな同じ音になったという現象が起きたんだよね。プリセットの音を使うことのつまらなさはあるよね。でも、そこは個人の工夫でどうにでもなるし、個人のキャラクターの問題でもある。だから、話は面倒くさくなってくるけど、ここ10年くらいはキャラクターがなくなっていくのと、キャラクターが立っていくのとが同時に行われていきそうな感じがする。具体的には説明しずらい感覚なんだけど、それとさっき言った、音楽を作ることがお金を生むということと無料であるということが、オーバーラップするような具合でそれぞれをせめぎあいつつ続いていくような気がしますね。】

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 僕は音楽一般には疎くて、「初音ミク」に関しては動画サイトにアップされているものを聴く程度で、自分で音楽と作ったり、歌わせてみたりはできないのですが、この『ユリイカ』の特集記事は面白く読めました。
 なかでも、この鈴木慶一さんのインタビューは、僕が鈴木さんの音楽のファンであることも含めて、とても興味深いものでした。正直、僕にはちょっと難しいなあ、と感じたところもけっこうあったのですけど。


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02月23日(月)
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