ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■浦沢直樹さんが語る、「三谷幸喜さんと僕の共通のこだわり」
浦沢:それは簡単に言うと、「笑えるうちが華だ」ってことですよね。これくらいがちょうどいいというラインを作品ごとに常に意識してますから。もちろん描こうと思えばいくらでも踏み込んだ絵を描けるけど、どんどん読者を限定してしまうことになるでしょう。別に僕はそういうのを見せたいわけじゃないから。もしセクシャルなところに踏み込んだとすると、少なくとも「ファミリー向け」の作品ではなくなってしまう。僕は自分の作品を何とかしてお茶の間に届けたいんです。だから自分の中で危険信号が点ると、急ハンドルを切るようなことをたまにやりますね。これ以上直進すると何かが限定されてしまう、というときにね。
インタビュアー:「お茶の間に届けたい」という思いはどこからきたのですか?
浦沢:例えば僕はハリウッドの名匠、ビリー・ワイルダーが大好きなんだけど、あんなに面白い作品をみんなが忘れていってしまうことに対する反発があるからかもね。面白いものはお茶の間に届けられるべきなんです、ずっと。たぶん三谷幸喜さんも同じように考えているんじゃないかな。何をやるにしろ、最終的にはお茶の間に流せない作品はやらないという基準を、僕は捨てたくないんでしょうね。】
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現代を代表する漫画家のひとり、浦沢直樹さんの1,5000字という長いインタビューの一部です。
浦沢さんは『YAWARA!』『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』と、大ヒット作を描き続けておられるのですが、その作品の人気と知名度のわりには、「漫画家・浦沢直樹」本人はあまりメディアに露出しておらず、このインタビューはかなり貴重なものだと思います。
この浦沢さんの話を読むと、世間の「漫画家志望の子供たち」の多くは、「人気漫画家になる人は、子供のころからこんなに違うものなのか……」と、ガッカリしてしまうのではないかと心配です。
「僕の場合、単に絵が上手く描けちゃっただけなんです」という浦沢さんにとっては、「絵が上手く描けること」というのは単なる「自然に身に付いていた能力」でしかなくて、「絵を上手く描けることを、どう利用したらうまく生きられるか」というのが「悩みどころ」だったのです。
多くの漫画家志望の人たちが「まず絵を上手く描くこと」に悩まなければならないことを考えると、「有利」であったことは間違いないでしょう。
実際は、インタビューではこんなふうに答えておられても、かなり研究したり練習したりされた可能性もありますが、少なくとも、そういうトレーニングも浦沢さんにとってはあまり苦にはならなかったようです。
それにしても、世の中には、こんなにアニメの内容じゃなくて「絵そのもの」にこだわっている子供がいたのだなあ。
『ど根性ガエル』の好きなところとして最初にあがるのが「キャラ」と「背景」だし、『ルパン3世』は「爆発シーン」だからなあ……
そういう「細部」を客観的に評価し、そこにこだわることができる性質というのが、浦沢さんの「個性」なのでしょう。
このインタビューで僕はいちばん印象に残ったのは、浦沢さんが三谷幸喜さんの名前を挙げつつ、「自分の作品がお茶の間で流れることへのこだわり」を語っておられる部分でした。
僕は三谷幸喜さんの作品、とくに映画を観ていると、ストーリーの緻密さや伏線の消化のしかたの上手さにに感動するのと同時に、「三谷作品だから、登場人物が惨殺されたり、ものすごく不幸になったりはしないのだろうな……」というような「物足りなさ」を感じてしまうのです。
たまには、「三谷幸喜らしくない」ものすごくグロテスクな作品とか、理不尽な展開の作品とかを作ってみればいいのに、とも思います。技術的には、そういう作品でも面白いものが描けるはず。
似たような「三谷幸喜っぽい」作品ばかり書いている三谷さんには、もう「冒険心」が無くなってしまっているのではないか、というようなことを、つい考えてしまうんですよね。
でも、この浦沢さんの話を読んでいて思ったのは、「お茶の間に届くような作品を描く」というのは、「手抜き」ではなく「多くの人に届けるために、あえて自分の表現に制約を設けること」なのです。
それは、少なからず表現の幅を狭めてしまうはず。
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12月20日(土)
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