ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■『徹子の部屋』が、「一切編集をしない」3つの理由
黒柳:それはそうでしょう。あんな長いものを編集したら。40分の番組を作るのに、60分録って20分カットするのは並大抵のことではありません。そんなことを毎日やっていたら絶対に雑になっちゃう。一週間に1回の番組なら面白いところだけを集めてもいいんだけど。3つめの理由は、編集すると、ゲストが「あそこをカットしてくれ」と言ったり、プロデューサーが「あそこを残したい」と言ったり、私も「ここを残して欲しい」とか、意見が合わなくなるから。それは大変ですから、とにかくナマと同じで勝負。編集はしないということを原則にしています。そうそう、編集をしないから、と、本心を話して下さるゲストも多いです。テレビ局の意志、番組の意志で、なんとでもなりますよね、編集すると。話した事、すべてそのまま出るなら、と、すべて話して下さるかたが多いのも、ナマと同じだからです。】

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 『徹子の部屋』という番組は、放送時間が平日のお昼ということもあって、僕にとっては、よっぽど気になる人がゲストのときに録画して観る(といっても、そういうことは年に一度あるかどうかです)、あるいは、祝日のお昼に流れているのを観るともなく眺めている、というくらいの存在です。
 率直に言うと、「なんだかこう、教科書的な対談番組で、ゴールデンタイムのトークバラエティなどと比べると刺激が少ないよなあ」という印象もあります。
 しかしながら、この黒柳さんの話を読んでみると、あの『徹子の部屋』は、非常に丁寧に作りこまれている番組なのだな、ということがよくわかるのです。
 黒柳さんがその日のゲストとお喋りをするだけ、のシンプルな形式の番組ではあるのですが、この番組だけで14人ものディレクターがいるなんて。
 そして、ゲスト一人あたりにディレクターが一人つき、かなり綿密な打ち合わせを行ったのちに「編集しないことを前提とした」収録が行われます。

 僕は『徹子の部屋』を観ているとき、いつもちょっとした「冗長さ」を感じてしまうのですが、たぶんそれは、この番組が「編集をしていないから」なのだろうな、ということが、この話を読んでいてわかりました。
 日頃、「面白いところだけを編集して、『笑うところ』ではテロップ入り」という親切なバラエティ番組に慣れてしまっているのでしょうね。

 黒柳さんが、【編集して面白いところだけ集めてしまうと、その方がどういう方かわからないでしょう。だって同じ言葉でも、「うーん」と考えこんで返事したことかもしれないし、即答だったかもしれない。編集で「うーん」を切っちゃったら、その方がどういう方か伝わらないでしょう?】と仰っておられるのは、まさに日常のコミュニケーションでの「相手がどんな人かを知るための視点」なのです。
 「答え」そのものだけではなく、「答えが出てくるまでの間や答えかた」というのは、誰かと会話しているときには非常に気になるものですよね。
 しかしながら、「間」の部分は、通常のバラエティ番組では「つまらないから」カットされてしまうことが多いのでしょう。
 そういう意味では、編集して「面白い発言」ばかりを集めても、「面白い番組」はつくれても、「発言者がどんな人か」というのはわからずじまいなのかもしれません。
 もっとも、僕も含めて、視聴者というのは「ゲストの人間性を知りたい」というよりは、「ゲストに面白いことを言って愉しませてほしい」と考えている場合が多いので、結果的に番組側も「視聴者のニーズに沿って」いるような気もしますが。

 『徹子の部屋』が、「編集をしない番組」であることはけっこう知られているのですけど、この黒柳さんの話のなかでいちばん意外だったのは、「編集をしないからこそ、本心を話してくれるゲストも多い」という部分でした。
 「編集できないような番組では、怖くて『本心』なんて喋れないのでは?」と思っていたのですが、マスコミやメディアというものをよく知っている人たちにとっては、「編集で自分の『問題発言』をカットできること」のメリットよりも、「編集によって、自分の『本心』が歪めて伝えられてしまうこと」のほうが「怖い」ことなんですね。

05月25日(日)
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