ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「鳥葬」という最高の葬礼
佐々木:いや、結局、チベット仏教徒は、自分の生きた証が地上に何も残らないことを望んでいるわけです。そうしないと、輪廻転生できませんから。だから残った衣服を取ることも決して悪いことではないんです。死者が最後の功徳として、ハゲワシには自分の肉を捧げ、人間には服を残す。鳥葬天葬ともいいまして、ハゲワシは天に近いところまで自分の魂を持っていってくれる鳥なんです。
糸井:話を聞いただけで気が遠くなりますね。僕、お墓というテーマをずっと話したかったんですよ。というのも、ある対談を読んでいたら、「あなた、お墓に入る人?」っていうような会話があったんですね。そのとき、墓に入るか入らないかという人生の選択はすごいぞ! とびっくりしたんですよ。
(中略)
長江:アメリカ人は骨よりも遺体にこだわりますね。アメリカでは実はニューヨークでも75%近くは土葬で、火葬率は25%ちょっとしかないんです。復活の日に肉体が甦るという思想があるためでしょうが、ベトナム戦争や湾岸戦争のときでも必ず遺体を運んでましたよね。
佐々木:上海も、今は法律で火葬と決められているんですが、1965年くらいまでは土葬だったそうです。ところがね、その前年、来年からは火葬だと決まった瞬間、老人の自殺者が激増したんですって。数字を見て、びっくりしました。
糸井:火葬はイヤじゃ、と。
長江:中国の人は土葬を好みますからね。タイに行ったとき、普通、タイでは仏教徒は火葬にするんですが、中国の人は火葬を嫌がるので墳墓をつくる、とガイドの人が言っていました。】
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この鼎談、初出は『婦人公論』の2000年7月号だそうですが、おそらく、チベットでもアメリカでも中国でも、そして日本でも、当時から「葬礼法」については大きな意識の変化はみられていないと思われます。
チベット仏教徒の「鳥葬」というならわしについては、僕も耳にしたことはあったのですが、「世界にはいろんな葬礼があるんだなあ」というくらいの感慨しかなかったのです。
でも、この佐々木さんの生々しい現地での話を読んで、その光景を想像してしまうと、正直「これは(僕にとっては)残酷だ……」と感じてしまいました。いや、ただ遺体を鳥葬の場所に横たえておくだけではなくて「ハゲワシが食べやすいよう、遺体を切り刻んで砕いておく」なんて、大部分の日本人にとっては、「そんな罰当たりな……」という行為ですよね。そこまでハゲワシにサービスしなくても良さそうなものです。
「葬礼の方法」には、本当に文化によって大きな差があり、チベット仏教徒にとっては「いちばん下」の土葬がアメリカ人や中国人の大部分にとっては、「もっとも望まれている葬礼法」になるわけです。
チベット仏教徒たちにとっては、「土葬なんて、この世に未練を残しすぎだし、輪廻転生できなくなるのに……」という感じなのでしょうけど、それを他の伝統や文化を持つ人が受け入れるのは、なかなか難しいことのように感じます。
まあ、こういうのは、どちらが正しい、というものではないでしょうし。
時代背景や環境、地域によっては、衛生面での必要性などから、「遺体を集めて火葬するしかない」「遺体が見つからない」なんてこともあるのですから、「選べる」ことそのものが、すごく幸福なことなのかもしれませんけど。
「火葬になりたくないから土葬してもらえるうちに自殺してしまう」というのも、そこまでイヤなのか……と、考えさせられる話ではあります。
僕自身も、宗教的な理由というよりは、「自分が火葬されている途中で、万が一でも息を吹き返したら……」などというようなことを想像してしまうので、正直「火葬を望んでいる」わけではないんですが。しかし、土葬で一度息を吹き返した後に窒息死というのも……
現実的には、今の日本で「死亡確認」をされた人が「甦る」確率なんて、「ゼロに限りなく近い」はずなのですが。
それにしても、「死ねば何もわかんなくなるんだから」って日頃は言っていても、そういうのって「気になりはじめるとキリがない」のですよね本当に。
07月29日(日)
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