ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■ヤマト運輸の「宅急便」誕生秘話
小倉:うん。1日24時間を分けてね。日中の8時間で荷物を集める。そして、夜中の8時間で運ぶ。翌朝着いたら、現地の人にバトンタッチして、その人が配達する。そのサイクルをきっちり回せば荷物は翌日に届くんですよ。】
参考リンク:「宅急便30年のあゆみ」(ヤマト運輸のホームページより)
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現在では、「当たり前の存在」になっている「宅急便」なのですが、その歴史というのは、そんなに古いものではないのです。そういえば、僕がまだ小さかった頃、「宅急便」というのが新しく始まるというCMを観たことがあるような記憶があるんですよね。子供心に、「そんな手間のかかりそうなことをやって、この会社は儲かるんだろうか?」と疑問だったのをなんとなく覚えています。
参考リンクに書かれていたのですが、ヤマト運輸が「宅急便」を始めたのは1976年1月20日。「電話1本で集荷・1個でも家庭へ集荷・翌日配達・運賃は安くて明瞭・荷造りが簡単」というのが当時のコンセプトだったそうなのですが、大成功した今から考えると、本当に「合理的で斬新」に感じられるものの、当時はヤマト運輸の内部でも、みんな大反対だったとのことです。確かに、「そんな小さな荷物をいくら運んでも、割に合わない」ように思えますし、ライバルは「郵便局」という知名度・浸透度抜群の巨大企業ですし。最初の頃は、「本当にこれ、届くのかなあ?」と不安を抱えつつ頼んでいた人も多かったのではないでしょうか(ちなみに、発売初日に依頼された荷物は、わずか11個だったそうです)。今では、郵便局のほうが、「宅急便」を模倣するようになってしまいましたけど。
ヤマト運輸が「宅急便」を始めることができたのは、小倉さんの「行動力」と同時に、会社が未曾有の危機にあったから、「一か八か、これに賭けてみよう」というな面もありそうです。少なくとも、「個人の荷物を取り扱う」というアイディアを考えたのは、当時でも小倉さんだけではなかったでしょうし、会社が順風満帆であれば、こういう「冒険」は受け入れられなかった可能性が高いはずですから。
それにしても、このインタビューを読むと、小倉さんというのは、けっこう適当に物事を考えているようにみえるのですけど、実際は「難しいことをシンプルに捉えて、わかりやすく説明する」という術に長けている人だということがよくわかります。この話のなかでは、社員に対してもかなり厳しい要求と労働条件を突きつけているのですが、その一方で、この対談の他のところでは、【僕は「リストラ」って言葉、嫌いなのね。経営には雇用を保障する意味があるんだから、会社が赤字だからクビを切るのは本末転倒、経営者の責任放棄ですよ。赤字になったら「給料を少し下げさせてくれない?」って、とことん話し合ったらいいんですよ。】と語っておられます。けっして、「厳しさ」だけの人ではなかったからこそ、ヤマト運輸は成功を収めることができたのでしょう。
まあ、「便利さ」の競争というのは本当に限界が無くて、家にいないことが多いのでいつも不在通知ばかりの僕などは、逆に、宅急便で働いている人たちに申しわけないなあ、と感じることも多いんですけどね。24時間配達可能なんて、やっぱりキツイ仕事だよなあ。
他社との競争はもちろん、駐車違反の問題とか、個人情報保護とか、年間10億個以上の荷物を扱うようになっても、それはそれで「課題」は尽きないもののようではありますし。
03月29日(木)
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