ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025630hit]

■「代理人」になりたがる人々
 先日、江原啓之さんが「事故で死んでしまった子供の言葉を聞く」という企画でテレビ番組に出ておられたのですが、僕はそれを観ながら、結局のところ、この人が言っていることは、「遺された人たちが望んでいる言葉」なのだろうなあ、と感じました。いや、世の中には「全部お前のせいだ、呪ってやる!」というような思念を遺してる人だってけっして少なくはないと思うのですが、江原さんがそのような言葉を伝えることはほとんどありません(もしかしたら、そういうケースもたくさんあるけれど放送されていないだけという可能性もゼロではないのですが)。ただ、江原さんが伝えてくれる言葉によって、「救われる」周囲の人がいるというのは紛れもない事実なわけで、そういうのを「嘘つき!」と全否定するのもおとなげないという気もするし、「それで誰が困っているんだ?」と問われれば言い返しようがないんですよね。人というのは、「自分の信じたいことしか信じない」生き物ですしねえ。
 細木さんにしても、言っていることは「お墓をきちんとしなさい」「夫や舅・姑を立てなさい」という、古くからの日本の伝統的なモラルを繰り返しているばかりです。ただ、僕は自分が30過ぎて思うのですが、お墓とか先祖を大切にしている人というのは、確かに子供のころから家庭や地域社会でしっかりとした教育を受けてきている人が多い、ということは言えるのかもしれません。今の世の中では、なかなかそこまで手が回らないですからね。

 僕も「代理人ビジネス」というのは、人の褌で大儲けできていいなあ、と思うことがあります。ただ、それを相手に信じさせるには、ある種の「カリスマ性」が必要とされるし、「神の代理人」なんて公言していて説得力を伴っていなければ、世間からスポイルされまくること確実なので、かなりリスクが高い仕事ではあるのです。
 しかしながら、ここで高橋さんが書かれているように、人というのは、いろんなシチュエーションで、無自覚に誰かの「代理人」となっていおり、ブログや某巨大掲示板や新聞の投書欄には、こういう「代理人」が溢れています。そして彼らは「僕は」「私は」ではなくて、「日本人は」「社会常識では」という、自分よりもはるかに大きな存在の「代理人」を自認して、他者を攻撃し、ブログを炎上させているのです。そして、他人事みたいに書いてますけど、僕もそんな「代理人」のひとりなんですよね。
「戦争」や「環境問題」を例にとれば、「当事者意識」というのは大切だし、「死者や子孫の代理人となること」は、けっして悪いことではないと思います。でも、「世間に認められない自分」の捌け口として、勝手に誰かの「代理人」として、自分の意見を押し付けてしまっていないかというのは、もう一度、考えてみる必要があるのかもしれません。
 「自分の常識」=「社会常識」であることに何の疑問も持たない「代理人」に、江原さんや細木さんを罵倒する資格があるのでしょうか?

12月28日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る