ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「敷居の低い人」として生き残るという戦略
 しょせん、仕事は相対的なものです。自分がいくらガンバっても同じ分野にもっと才能のある人がいたら、自分には仕事はこない。とにかくいろいろやってみれば、そのうちライバルがいない自分を活かせる分野の仕事が自然と多くなるでしょう。
 それに「敷居の低い人」の条件では、「ちゃんとシメキリは守る」とか「内容にワガママを言わない」とか「電話はちゃんと応対する」とか、サラリーマン的なものが必須です。これなど13年サラリーマンをやった自分にはうってつけです。しかも特にイラストやカットなどその場その場にどう適したものを素早く描くか、というような視点も会社のころさんざんやってきて、あまり苦にならない。
 そしてなによりも、食えなくなることのコワさが先に立って、ボクは「しりあがり寿」にどんな仕事でも受けさせるようにしました。】

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 もちろん、しりあがり寿さんに全く「才能」がなければ、プロのマンガ家として生き残ることはできなかったと思います。でも、この「食っていくための戦略」というのは、すごく勉強になりました。
 専門職の場合はとくに、「ナンバーワン」になりたい、それがムリなら「オンリーワン」として認められたい、という気持ちは誰にでもあるのではないでしょうか。しりあがりさんの言葉を借りれば「敷居の高い人」として、「この仕事はこの人にしかできない」と周囲に認めさせたいのです。でも、実際のところ、多くの「専門職」でさえも、「この人にしかできない仕事」というのはほとんどありません。仕事の大部分は、「その資格がある人なら、誰にでもできるもの」なのです。まあ、そうでないと「資格」の意味がないですよね。
 実際に仕事をしていると、「これは自分の専門じゃない」とか「こんな仕事、他の人のほうがうまくできるはずなのに」という場合ってけっこう多いのです。「なんでこの仕事を僕のところに回してくるんだ……」と、「仕事の押し付け」に対して不快になることも少なくないのです。そして、「これは自分の仕事じゃない!」って、周囲に自分の「専門性」をアピールしたくなることもしばしばです。
 しかしながら、「仕事を頼む側」の立場で考えると、できれば「敷居の低い人」に頼みたくなるのが人情というものでしょう。「敷居の高い人」に頼むのはコストがかかる場合がほとんどですし、「そんなの俺の仕事じゃない!」と怒鳴り返してくるような人に頼むよりは、それほど高い技術を持っていなくても「ああ、いいよいいよ」と快く引き受けてくれる人のほうが頼みやすいのは間違いありません。いやまあ、どうしてもその人じゃなければダメ、ならともかく、実際は、プライドほどの「専門性」を持っている人はごくわずかなんですよね。ごくごく一部の頂点を目指す人以外にとっては、「生きていくための手段」として「敷居の低い人になる」というのは、非常に有効なのではないかと思います。「なんでもやる人」というのはバカにされがちだし「結局は何もできないのと同じ」なんて揶揄する向きがあるのも事実ですが、「敷居の低い人」というのは、やっぱり重宝されるんですよね。少なくとも「プライドばかり高くて何もやらない人」よりは、「そんなに凄いことはできないけれど、人が嫌がる、あるいは面倒くさがる仕事を気軽に引き受けてくれる人」のほうが、現場では役に立ちます。もちろん、全く何もできないくせに口や手ばかり出してくる人では、どうしようもありませんが。
 まあ、大きな組織の中では、あまりに「敷居が低すぎる人」は、かえっていろんなものをなすりつけられてパンクしてしまうリスクがあるし、専門外のところに深入りしすぎて失敗し、「できないことを引き受けるな!」なんて責められてしまうこともあるので、「敷居の低さの匙加減」というのも、けっこう難しいものではありそうなのですけどね。
 

09月19日(火)
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