ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025913hit]

■「文学新人賞」に応募する人々
島田:でもまあ、大した数じゃないんだよ。ちょっと前、一番就職難の頃の出版社の新卒採用の競争率がやっぱり2千倍くらいですよ。文藝春秋とか新潮社あたりね、そこに編集者として採用される確率が2千分の1だとすると、同じようなもんだよね。でも出版社には福利厚生あるけど、新人賞はないでしょ。だから福利厚生のある出版社のほうが勝ち組なんじゃないのって(笑)。確かに日本人が抱え込んだ未来に向けての諸問題、環境問題や政治の問題もさることながら、やっぱりメンタルな問題で。定年退職した人たちが、膨大な暇を持て余すという現実はあるわけだ。老後の蓄えっていうのは、ほんとは定年退職したらもう遣えばいいんだけど、実際はどうしようかと迷う人生が20年くらい続く。その中で一番ローコストな投資として、小説を書く。原稿百枚くらい暇にあかせて書いていく。どうせ行くところもないんだから、図書館にでも行けばいいわけです。そればかりだと心が病気になるかもしれないから、町の区民会館とかのプールで泳ぐでしょ、で、健康になるでしょ、そうやって日が過ぎていくわけです。そうこうするうちに、やっぱり1年に付きニ、三百枚の原稿は書けるよね。しかも定年を迎えるまでには経験も積んでいるだろう、辛酸も舐めただろう、病気もしただろう。辛酸を舐めて病気したら、普通の純文学は書ける、書く資格はある。

大森:ほんと病気の話多いですね(笑)。あと海外生活の話。やっぱり、ちょっと普通と違う経験をすると、これは小説になるなと思うんでしょうかね。

豊崎:人が死ぬ話は?

大森:それはあんまりない。年寄りの人が書くのは、むしろ若いとき、子どものときの話ですね。団塊の世代なら中学校時代の話。70代になると、学童疎開の思い出話がすごく多い。

豊崎:疎開(笑)。実際問題、歳取るとつい一昨日何食べたかは覚えてなくても、子ども時代のことはありありと思い出せるっていいますしね。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「活字離れ」が叫ばれて久しい昨今なのですが、「読者」はあまり増えていないにもかかわらず、「小説を書く人、書きたい人」というのは増え続けているのは間違いないようです。確かに「自費出版」とか「共同出版」って、最近よく耳にしますしね。
 でもまあ、「読む側」からすれば、書いているのが身内とか知り合い、あるいはどこかでよっぽど話題になっている本でもないかぎり、この手の「共同出版本」を積極的に読もうとすることは少ないのではないでしょうか。僕は、そういう本が並んでいるコーナーは、基本的に通り抜けるだけという感じです。わざわざ(というのは失礼なのでしょうけど)そんな本にまで手を出さなくても、世の中には僕がまだ「死ぬまでに読んでおきたい本」がたくさんありますから。もちろん、出版する人は「これをキッカケに大ベストセラーになるかも……」なんて淡い期待を抱いているのでしょうけど、結局のところ、そんなに甘い世界ではないのです。まあ、その「期待」が買えるのなら、50万とか100万というのは、そんなに高くはない投資なのかもしれませんけど。

 確かに「小説を書く」というのは、老後の趣味としては、ギャンブルや骨董よりはリスクが少なく、コストもかからない「優等生」であるのも間違いありません。身内の恥をさらしまくるような私小説をベストセラーするような筆力でもないかぎり、大きなプラスを得ることはなくても、大損害を受けることもなさそうだし。極端な話、今ならパソコン1台とプリンターがあれば「執筆」することそのものは、誰にだってできますしね。資料集めも、インターネットに繋がれば、かなりのものが(信憑性には問題があるものも含まれるにせよ)、無償で手に入ります。結局はみんな同じような話を書いて、「下読み」の人たちを嘆かせているというのが「現実」なのだとしても。


[5]続きを読む

09月12日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る