ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■NGフィルムが語る、チャップリンの「ヒューマニズム」
 完璧主義者であったチャップリンは、差別的なものは下品なものも含めて数多くのギャグをフィルムに撮り、それを何度も撮り直し、そして、「誰かに不快感を与えてしまう可能性があるギャグ」を排除していったのでしょう。そして、結果的に「最も多くの人に受け入れられる」と判断されたものが、「ヒューマニズム」だということだったのです。そういう意味では、チャップリンは、「作品をヒットさせるために『ヒューマニズム』を取り入れた」のですから、ものすごく「計算高い」とも言えるのかもしれません。少なくとも、チャップリンという人は、「安っぽいヒューマニスト」ではなかったということはよくわかります。むしろ、純粋に「世界中の最も多くの人に伝わる笑い」を求めるという目的に沿った「ヒューマニズム」だったのでしょう。
 大野さんは、「世界中で愛されるチャップリンの魅力」について、このように書かれています。

【日本と同じように世界中でチャップリン映画の翻案がなされています。香港には香港のチャップリンがいて、インドにはインドのチャップリンがいます。しかし、例えば香港のチャップリンは私たちから見ればカンフーにしか見えませんし、インドのチャップリンはよくあるロマンティックなインド映画にしか見えません。つまり、日本人がチャップリンの「情」を愛したように、香港人はチャーリーの類まれな「身体能力」を、インド人は「ロマンス」を強調して受容したわけです。
 もっと広く世界中に目を向けますと、チャップリンがフランス人の目をひいたのはその冷徹な社会批評でしたし、弱者が強者に立ち向かう点はオーストラリア人のお気に入りだそうです……チャーリーには異なった人々が異なった風に共感出来る様々な要素が折り畳まれているのです。】

 結局のところ、チャップリンというのは、「さまざまな魅力を併せ持った笑いの求道者」だったということなのかもしれません。だからこそ、さまざまな国の人に時代を超えて愛されてきたのでしょうね。

08月17日(木)
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