ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6669,閑話小題 〜 『ああ、またか!』
   * 昨夜の「新潟沖地震(仮称)」
 地元経済にとって、この地震は厳しい。5年先?には、何とか飼い馴らし?を
謀ってきたのに、これで二倍の10年先に… 何せ、柏崎・刈羽原発は、世界最大
規模を誇る原発基地。柏崎市内の公共投資は、その収入を前提で造られている。

≪ 日本海側、過去にもM7クラスの地震 津波で死者も 新潟震度6強
    6/18(火) 23:54配信 /毎日新聞
  ◉ 過去の近隣の地震は?
・日本海側では津波を伴う地震が繰り返し起こっている。地震の規模を示す
マグニチュード(m)が7.5だった1964年の新潟地震では日本海沿岸一帯を
津波が襲い、全国で26人が死亡した。
・83年の秋田県能代市沖を震源とする日本海中部地震(M7.7)でも津波の被害が
大きく、104人が死亡した。
・93年の北海道南西沖地震(M7.8)は北海道の奥尻島北西沖が震源で、地震発生
から2〜3分後に奥尻島に津波の第1波が到達したとされ、奥尻島を中心に死者は
202人に上った。
・2007年の能登半島地震(M6.9)、同年の中越沖地震(M6.8)でも津波が観測。
 =大竹政和・東北大名誉教授の話=
【日本海側は東北地方から中部地方にかけて地震帯があり、これまでいくつも
 大きな地震が起きていた。今回の地震は1964年の新潟地震に震源が近い。
 もう少し北側には近年、地震の起きていない地域もあり日本海側は要注意】≫

▼ 既に爆睡していた22時過ぎ、強い揺れで目が覚めた。「中越地震」「柏崎・
刈羽沖地震」「東北大地震」を経験していたこともあり、『ああ、またか!』と、
震度予測「5弱」と予測…。これで世界最大の規模を誇る『柏崎・刈羽原発』
の再開は当分ない?と考えると県内、とりわけ中越地区の経済の回復の見通しは、
更に厳しくなった。 2007年に、350億円の赤字を抱えて事実上破綻した北海道
夕張市が、どうしても類推される。東京電力と政府は、補償金の捻出のためにも
再開が絶対条件。 それ以前に、万一の大地震の場合、我々の生命そのものが、
脅かされることになる。としても、角栄さんよ、公共事業のプラスの遺産は、
有難いが、何とまあ、酷い?負の遺産を残していったもの。あれだけ反対運動を
していた左翼系の言い分が正しくて、餌を吐き出してくれた何?が、極悪?…。
差引ゼロとしても… ここは越後・新潟、何だったんだ。 その恩恵の一端を
受けてきた一人としても。 で、その原発って大丈夫?   娑婆!

・・・・・・
6306,読書日記 〜良い人生だっただろうか?
2018年06月19日(火)
      『老年を愉しむ10の発見: ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学 』
                    ヴィルヘルム シュミット (著),
    * 「いい人生だった」を言える人生を
 人生を振返り、「いい人生だった」、一日を振返り、「いい一日だった」
と言えるために、最後の4分の1の老齢期を泰然と生きるべしと、著者は言いたい
のである。それも、長年の準備が必要とする。 『いい人生だった!』の言葉を
聞いたのは、私が27歳の時だった。父が余命1年の末期ガンを察知し、その恐怖心
と格闘していた最終に近づいたとき、『ああ、良い人生だった。今度、生まれても
全く同じ人生を生きたい』と突然、話したことを思いだす。その時に、
 私の僅かな死に対する知識、
『哲学でさ、自分って死なないっていうの知ってる。死んだ瞬間、自分が消滅
するでしょ。死体は、もう自分でない。死体を見るのは他者でしょ。
だから自分は永遠に生きると考えられるでしょう。』と聞いた父がハッとし、
『こんな話を聞いたのは初めてだ。死が何か、ここで初めて知った』と正直に
吐露していた。それより、太平洋戦争を跨ぎ、2つの人生を生き抜いてきた人も、
死の前の恐怖心には… で、私も「いい人生だった」― の、この一言を口に
出来るだろか?
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 ドイツ『シュピーゲル』誌で18週にわたりベストセラー1位の話題の書!
年を重ねる中で得ていく「落ち着き(Gelassenheit)」とは何か。

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06月19日(水)
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