ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6668,閑話小題 〜今週のYouTube!

   * YouTubeでみる大波の襲来
 土日の週末は、TVはYouTubeを中心にして見ることにしている。
自然とテーマが絞られる。「アフリカの野生動物」「KOシーン」や、
「逃走車の追跡劇」「ムササビ・スーツの滑空」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」‥など。
 先週は、津波などの大波による、事故現場の映像を中心に見た。 
大波に飲まれていく人を、近くで高みの見物している人たち。ところが、
自分たちも、その後、更なる大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、
飲みこまれる。それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の
9・11テロ、2008年のリーマンショック、東北大震災で、廃業に至った我姿が
重なりみえてきた。『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、
襲いくる恐ろしさ。自分だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、
身に付いてしまっている。私の年齢では、『死』の問題。
 で、…

   * 75歳まで、あと一年半!
 最近、高齢者による交通事故が問題視されている。首都圏で交通網が張り
めぐされていればよいが、地方暮らしは車が必要。まさか自分が高齢者に
仲間入りするとは?思いもしなかった。足腰は年々重く、怠くなるにしたがい、
何をするにも億劫になる。マイナスの連環が、老化の特徴。後期高齢者に75歳
まで、一年半! 免許証の返還も、考えなければならない時節。
 社会施設は、あくまで現役を中心につくられている。
「老いるとは無念のコトじゃ!」と天敵の母に宣った病床での伯母の言葉が
浮んで来た。たしか、90歳近かったが。
藤山一郎の『恋はやさし野辺の花よ』じゃないが、『老いは悲し野辺の石よ』
に向かって一歩ずつですか。 それでも生きていること自体を味わないと…
段々と書くことがうさん臭くなる。それでも元気な内ですか。

・・・・・・
6305,読書日記 〜『死の準備教育』 ー1
2018年06月18日(月)
             〜『死の準備教育』曽野綾子著より       
   * 死ぬまで5分間我慢する  
 曽野綾子女史の言葉である。死について数多の書物を読んできたが、
この一言は、「強烈」である。 たった、これだけのこと誰が教えてくれた?

【私は弱いから、暗示がよく効いたのである。私はいよいよ或る種の男よりも
強くなり、ますます、女らしくなった。何にせよ、いつ死んでもいいと思うこと。
死ぬまでに5分我慢すれば死ねる、と考えることは、私の精神の安らぎに役立った。
私はその5分間に決して平成ではあり得ないだうけど。】

▼ そうか、5分か! イメージとして、先だった家族に囲まれてボンヤリ
 消えていく。こらなら、イメージコントロールが出来る。面白そうである。
しかし、死期を悟って、最期の5分に至る道は地獄道である。煉獄といういう
のが、それだろうか? 恐怖心がつくり上げた究極の心理状態で、恐れて待つ
より、早く、その5分後先の安楽を期待する方が、気持ちは遥かに楽?
 生まれてきたからには、どのみち、死ななけらばならない。
どのみち、人生、プチッで、終わるのだから。 暗い? 暗黒の中心点を
凝視するしかない、この問題は。そうしないと灼熱砂漠の真只中で慌てるよ。
――
   
   * 死の果たす役割は、平等の『死』である
 死の清算があるからこそ、面白く、味が出てくるのである。死からすれば
全てが夢幻である。人生で、何が面白いかといえば、死ぬからである。その
当り前のことを、我々は忘れてしまい、無駄に人生を過ごす。
 勿体なじゃないか、など微塵も思わない。公平でないところが、奇妙?
【もし人間が平等であるとするならば、それを果たしているのが「死」である。
 誰もが一回ずつ死ぬのである。しかし、日本の教育は死を教えなさすぎた。
…戦争体験をした私は小学校のうちから、否が応でも毎日、死について考える
癖をつけられた。だが、戦後教育では死を考えることがタブーになった。
人が何歳までも生き続けることが医学的に目指すようになり、人が死ぬかも知れ

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06月18日(火)
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