ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[387173hit]
■6258,閑話小題 〜庭に雉が来たそうな
* わが家の庭に雉が
一ヶ月前の夜半に、近くから雉か鳴声が聞こえていた。家内が一昨日の昼頃、
鳴声がしたため、2Fの台所から庭にいる雉がトコトコ歩いているのを見たという。
早朝のポタリング(チャリ散歩)の途中に近所の栖吉川と、信濃川の川辺で、
度々、見かけることがあった。トコトコといる感じで草陰に身を隠すのが何とも
愛嬌があるのが特徴の一つ。 この一月グライは連日のように鳴声を聞いていた。
雉の鳴声が聞かれるようになったのは、7〜8年前ほどから。 早朝の散歩から
自転車に切り替えるまでは、雉など見かけたことがなかった。山里で、餌不足の
ためか。
家内の知人の庭に雉が度々、遊びに来ていると聞いていたが、わが家の庭にも、
ついに到来。 30年も前になるが、キジバトのツガイが居間に至近距離の木に
巣をつくり始めたが、大風で跡形もなくなり、二度と姿を見せなくなった。
四季折々に、ウグイス、カッコウ、モズなどが声高々に鳴いている。
* オバサンはオジサン顔に、オジサンは…
どうも、歳をとるに従い、顔が緩んでジジ、ババ顔になるものと、呟いている
のを受けた家内が、『歳をとるとね、オバサンはジジ顔に、オジサンは、ババ顔
になるんだってさ』という。成るほど、TVで映しだされた老夫婦が、その言葉
どおりだったこともあり、いやに納得。顔は全身の凝縮した様相というが…
全身に比例して弛み、歪んでバランスが崩てくる。同級会で、友人の姿をみて、
心の内で「嘘だろう!」とトイレの鏡を見て、ああ自分も同じだと確認する
悲しみは切実。映画館から待合の場に戻ってくる時に、座椅子に長時間、固定
していた為に腰が痛む。その姿を遠目でみると、前屈みの老人の歩き方という。
気持ちは、50歳半ばのまま。 その段差が広がる一方。
・・・・・・
4796,閑話小題 ー倒産よもやま話 〜�
2014年05月02日(金)
* 何かが変?なのは、自分? それとも巷の常識?
先日取り上げた【「道徳」を疑え!〜自分の頭で考えるための哲学講義
ー小川仁志著】の中で、イギリスの哲学者 フランシス・ベーコンの
「イドラ(本当のことを隠してしまう臆見)を取り上げていた。
彼によると、人間には四つのイドラがあるという。
《・一目は「種族のイドラ」です。これは人間という種族に固有のイドラで、
感情や感覚によって知性が惑わされることによって生じる。人間は自分が
主張する立場に箇執し、その点からしか物事を判断できない。
・二つ目は「洞窟のイドラ」。あたかも狭い洞窟に考えが入り込んでしまった
かのように、個人の狭い事情により生じる思い込み。その人の受けた教育、
影警を与えた人物、読んだ本などが原因で、狭い考えに入り込んでしまう。
・三つ目は、「市場のイドラ」です。これは言語によって生じる思い込みです。
あたかも市場で聞いたうわさ話を信じてしまうがごとく、人は言葉のもつ力に
弱いものです。いまは市場より、インターネット上に氾濫する言説が原因?
・四つ目は「劇場のイドラ」です。それぞれの都合の良い物語を疑おうと
しないで信じてしまうことをいう。》
――
:この結果、世間とかいう、ほぼ嘘で固められた常識を疑うことなく信じる九割
以上の人達がつくられ、現に存在する。この方々は、殆どのイドラが全存在。
覆い隠されている真実の世界の存在など想像すら出来ないため、厄介そのもの。
彼らには、「嘘もほどほどにしろ」より、「本当のことは、ほどほどに」と、
対応するしかない。何故なら、本当のことは、イドラの世界からは見ることが
出来ないから。本来、人間は共同幻想の中にしか生きることが出来ない存在。
とすると、変なのは社会と、その中で生きる、私たち(個々人)になる。
問題は、それを常に自覚できるかどうかが、境目になる。リーマンショック
から、一段と世の中が変になっている。ところが何故か、それを覆い隠して
いる何か、恐ろしい力。それが何だろう?「世界恐慌は静かに浸透しているが
[5]続きを読む
05月02日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る