ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6025,明るく死ぬために ー2、ほどほどの人生で良いのか
             ―「明るく死ぬための哲学」中島義道著―
   * 人生、ほどほど上手くいって死んではならない
・「人生、ほどほど上手くいっていた私が何故に?」 6年前の会社清算。
そこに至る直前の3ヶ月前までは、心の底では、思いもしなかったが、現実は
過酷である。 その答えは簡単、「事業を始めたから。一点集中に拘ったため。
バブルの波に乗り膨張、破裂しただけのこと。」 振りかえ見れば、丁度よい
引き時ということか。
・1990年のバブル崩壊は日本にとっての歴史的節目。応仁の乱、戦国時代、
明治維新、太平洋戦争の敗戦と匹敵する事態。 その上、21世紀初っ端の
9・11テロが文明の相剋(ユダヤ・キリストとイスラム教徒の争い)の号砲。
現在の中東の動乱で数百万人が欧州に難民として流出。ISによるテロが、
あいも変わらず続いている。同時に、数百年、数千年単位の、世界的大震災の
幕開けが重なっている。
・長岡空襲の廃墟の中、敗戦の5ヶ月後の1946年1月に生を受け、奇跡的経済
成長の環境下、「人生、ほどほど上手くいっていた」が、思いもよらない
「9・11テロ」・「リーマンショック」・「東北大震災」のブラックスワンの
到来。で、事業清算。 これらは、私にとって、陰陽の解釈が可能。
それは、「人生、ほどほど上手くいって死んではならない」というサイン?
せっかく頂いた80年の人生。 地球自らが創造した大自然の景観に数多く
触れることも重要だろうが、人類が知り得た真理を掘下げることも必要である。
・<「ほどほど上手くいく人生」は、寝転がってでも得ることが可能。
私たちは、いや私は、この「ほどほど上手くいった人生の虚構」を追い求めて
いたのでは。だから振返ると、全てが可笑しく、馬鹿しい姿が垣間見えてくる。
「人生、ほどほど上手くいって死んではならない」ということは、
「幸福を第一に求めてはならない、真実が第一で、幸福は第二にすべし」
ということ。哲学者なら当然のことだが、一般人は? 幸福第一ですか。
 たとえ話で、「地球散策の帰路の宇宙船内の回顧で、何と想うか」だ。
自己欺瞞がないではないが…
『 実に面白かった! 節目と、どん底。 数知れない旅先の〔至高体験〕。
 更にいうと、〔未知との遭遇〕! 』 

・・・・・・
4562, ポタリ、ポタリ、ポタリかな!
2013年09月12日(木)
 4月〜11月の8ヶ月間、毎朝一時間、4年続けて雨の日以外、合計
一万キロ以上も乗り続ければ、自らをポタリスト(ポタリング=自転車散歩)
と宣言してよいだろう。4年前になるが、「電動アシストのMTB
(マウンテンバイク)が、格安で、スポーツチェーン店から通販サイトで
売り出される」という新聞記事を読み買うことにした。そして乗って仰天! 
ママチャリを年に1〜2度しか乗ったことのない私が、その日を境に、
冬季間と雨天以外は、ほぼ毎日12キロは乗っている。 自転車で15分の
距離に信濃川があり、二つの大橋を一周して帰ってくると丁度一時間、
早朝の運動に最適である。ある本に、「江戸時代に舟に車輪をつけた陸舟車
というのが試作されたのが第一号」とあった。さしづめ電動アシスト自転車
を舟とすると、エンジン付きカヌー。手で漕ぐか、脚でペダルを踏むかの違い。 
この自転車に出会うまでは、自宅から300M先にある栖吉川の土手を30年近く
ウォーキングをしてきた。ところが、道路拡張工事で散歩道が数年間も交通
ドメになったタイミングに、電動アシストのMTBを購入。一気に、4キロ
程先の信濃川まで行動パターンが広がった。電動アシストのうえ、MTBの
車種が良かった。 軽くて、小さくて、小回りがきいて、6段変速ギア。 
変速ギアのついたスポーツ自転車も一度も乗ってないうえに電動アシスト。
驚くのは当然である。 東京在住の学生時代のゼミの後輩がカヌーの愛好家で、
数年前、車にカヌーを積んで新潟にきて、阿賀野川河口と、寺泊の浜辺で同乗
させてもらったことがある。それもヨットカヌー。彼の別荘が川口湖にあり、

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09月12日(火)
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