ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5933,閑話小題 〜三種類のアラブ人
<「人間の目利き」 曽野綾子:吉村作治>
〜アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法〜
* 三種類のアラブ人
先週のシネマが、数年前にあったテロを扱った <パトリオット・ディ>。
キリスト教圏のアメリカ社会のイスラム教徒によるテロ事件の実録的物語だが、
アメリカの白人社会は、思いの外、深いプロテスタントの国。黒人だけでなく、
アラブ人は、最下層の人たちと蔑まされている。アラブ人が、欧米社会内で
不平を持つのは当然で、前提が違うのである。、
≪ 吉村: アラブに住む人間には大きく分けて、
・アラブ人と、
・まったくアラブ人じゃない人と、
・アラブの人じゃないけれどアラブに入った人の三種類がいる。
アラブじゃないけど、アラブ人になるためイスラム教を信仰し、同じ
アラブ語を使って人間は、アラブ人同士より、少し信頼度が低いが、
仲間に入れてもらえる。
アラブの社会では同胞、同法に準じる者、異邦人の3種類しかいません。
異邦人には厳しいルールをつくって対処するのです。それは敵として見て
いるのです。かといって、敵だから殺すというのではなく、敵の中でも、
こっちよりと、全くの敵と区別をしてつきあう多角的な対応です。
しかし真の情報を流すのは同胞に準じる者までで、あとは偽情報だったり、
ブラフだったり、反対情報だったりします。すなわち、情報こそが生きる
術なんです。
・曽野:テントに立ち寄ってみたら、ベトウィンたちが甘い飲み水を
御馳走をしてくれたので、2〜3ヶ月後に、お礼に行こうとしたら、運転手が
真っ青な顔をしていやだという。あなたは外国人だからいいが、僕が二度
同じテントに行くと、女か家畜をとりに来たと思われる、って。≫
―
▼ 20数年前になるが、イスラエルで、ユダヤ教徒も同じように
ユダヤ人を3分類していると聞いていた。国を持たなかった流浪の民は、
各地で迫害にあって、頼れるのは金銀宝石と思われるようになっていたが、
実は、厳しい戒律の厳守が、キリスト教社会と、そぐわなかったのである。
そしてナチによる虐殺に至る。それがイスラム原理主義の聖戦を唱えるISと
なれば、ことは簡単に収まるわけがない。キリスト教原理主義と、ユダヤ教
原理主義と、イスラム原理主義者のシーア派と、スンニ派の入り乱れた
聖戦である。とすると、日本は島国の地勢の優位性を利用するためにも、
移民の受け入れは、最小にしておくべきというのも理解できる。
この分類は、地域社会にも存在する。例えば… 江戸時代からの老舗の家系。
戦後からの成金。ユータン組。旅の人と警戒される新参者。 …等々。
これが医師、銀行員、事業の大小とかで、石ころの大小とか、カタチで
ランク付けをされている漫画的コスプレである。で、私だけは違うと、変な
確信を全員持っている。 それも有かと思うが… まあ、ここで止めておく。
イスラムもユダヤもキリスト教徒も、「復讐するは我にあり」と、殺戮し
あって。 で、なぜか、以下に続いていく。
・・・・・・
5568,「復讐するは我にあり」
2016年06月13日(月)
時どき、「到底信じがたい偶然」とか、「第六感」とか、「布置」とか、
私の理解外のことに行き当る。倒産となれば、当事者にとっての大惨事。
しかし、他人の不幸は蜜の味。特にリスクを侵さない人生を過ごしたものに
とって、その人生に対しての自己正当化の丁度よい標的にになる。飽きずに
何度も取上げるが、思い込みもあるが、直接的行為をしてきた当人か、家族に
事故か大病が起こることが多い。50歳も過ぎれば何処の家庭内にも、問題が
鬱積しているとしても・・ で浮かんだのが「復讐するは我にあり」の言葉。
映画の題材にもなった。これは元々、キリスト教の聖書から引用された言葉。
〜「復讐するは我にあり」を検索すると〜
《 <18 できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。
19 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。
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06月13日(火)
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