ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[383492hit]

■5261,決断する 〜ニーチェ「超」入門〜
             〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
   * 決断する
 ニーチェは、生きるために必要なこととして「決断」の重要性を上げる。
事業を振返ってみると、小規模ながらも節目には多くの決断に迫られた。
・ソ連崩壊、中国の実質的に共産主義経済から、自由主義経済への移行。
・それと時期を同じくした日本経済バブルの崩壊とデフレ経済の進行。
・9・11テロとアフガン戦争とイラク戦争。そして、世界経済の低迷。
・リーマンショックと、日本経済の更なる低迷。
・何よりも、ネット・パソコンを代表とする情報端末の普及による社会変化。
など、思いもよらぬ断層が生じ、その対応に、思い切った決断が迫られてきた。
 その決断こそ、生命が生延びるか、死滅するか境目になる。〜その辺りから〜
≪ 人生のまっただ中で、若い人たちがとまどっている。この人生の中で、
 何をどうすればいいかわからないからだ。迷い、怯え、自己過信などとうの
昔に失い、さらには残る自信を削られ、自分の力のなさと能力の乏しさを感じる
だけの日々。そうこうしているうちに、望みの多くを達成しないままに、確実に
歳だけが増えていく。
 実は、こう感じているのは若者だけではない。いい歳をしたオトナも同じ。
なぜならば、みな人生の初心者だからだ。ところが多くの人は、オトナはいわば
人生のヴェテランだと思い込んでいる。自分は人生のヴェテランだと称する
中高年も実際にいる。
 けれども、十代のときに面したのと同じ問題が三十代になってもまったく
同じ形で自分に向かってくるわけではない。三十代になれば三十代の問題がつき
つけられる。七十代になれば七十代の、そして衰弱や病気などの逃げがたい問題
が加わる。そういう意味で、誰もがその時点において人生の初心者なのだ。
 もしそうでなければ、たとえば親の助言を聞いて同じように実行する若者ほど
人生がたやすくなる。ところが、親の助言や知恵は有効ではないことがしばしば。
すでに親が経験した時代とはまったく別の時代が今だからだ。よって、いつも
昔の解決方法が有効だというわけにはいかない。 昔の事柄にしか習熟していない
親の助言や知恵が現代で無効ならば、若い人の問題や悩みを助けるのは何だろう。
書物だろうか、現代の問題についての新しい考え方だろうか。
 それらは有効であり、有効ではない。なぜならば、個々人の問題に直接的に
具体的に役立つようなものはないからだ。だからこそ、それぞれの人がそれぞれ
の個人的な人生を選んでいく意味というものがあるのだが。
 それはともかく、問題解決に役立つものをどこかに探すという依存的な姿勢を
脱すべきだろう。では、人生最初の問題に面したときにはどうすればいいのだろう。 
 確実な答えがある。問題の前でいつまでもぐずぐずしていないことだ。
すなわち、決断をする。その決断がまちがっていたらどうしようなどとは
絶対に考えない。決断を自分で引き受け、自分で取り組むのだ。
 うまくいくかもしれない。ひどい目に遭うかもしれない。その中間かもしれない。
いずれにしろ、事態は変転する。 これは、超人のやり方の一つだ。
おじけついて引き下がらない。人目を気にしない。前例の真似をしない。
おずおずと取り組まず、堂々と果敢に取り組む。そして、どういうことが起き
ようとも反省などしない。もちろん、後悔もしない。自分の決断が新しい時代を
生むことになったら、また自分で決断する。力の限りに取り組む。そうしていく
うちに、すべてが変わる。自分すら変わる。それには少しの勇気が必要だ。 ≫
▼ 4年数ヶ月前、まだ財務悪化が深刻になる直前に、事業継続の断念を決断した。
 弁護士が『今回は、見切り千両、いや見切り万両です』と言われたが、時間が
経つにつれて、それを改めて実感している。ただ、現象は変われど、問題解決の
手順、方法は、同じである。問題の中心を、「正・中心・一点・無」の心で
凝視し、過っての手順を思い出し、これも45年の事業人生の最後の区切りとして、

[5]続きを読む

08月10日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る