ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4973,閑話小題 ーよい先生とは
   * 「数学科」より「子ども科」へ!   〜『大丈夫、なんとかなるさ』近藤勝重著より
なかなか、示唆のある内容である。 ーまずは、その辺りから 
≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。それは中学一年の
英語リーダーで先生にニューヨークの地名の意味を質問したことからはじまる。なんと先生は
「地名に意味があるか!」と怒声を上げたというのだ。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄って
ニューヨークの意味を知る。独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに
越したことはない」とエッセーで言い添えている。
 いい先生というと、アメリカのある学校で数学を教えていた先生の話を思い出す。
その先生は数学を教えることが自分の仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を
教えることでは」と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。
「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」を教えるのだとなると、
それは最終の目標ではなくなる。やがて子どもたちも変わってきて、成績がぐんぐん伸びた
エディという子は、答える.「先生に習うようになってから、自分が好きになったんです」
『こころのチキンスープ』で知った話だが、その先生の言葉をぼくなりに想像してみた。
こんな感じではないか。
「エディ正解まであと一歩のところよ。公式はちゃんと使えているわ。あなたならきっとできる」 ≫
▼ 学生時代に「人事管理」「キリスト教倫理」「経営学」など、影響を受けた教授は、その科目を
超えた、「青年学」だったようだ。授業を通じて、これからの人生を如何に生きるか、どうあらねば
ならないか、を教えていたようだ。そう、専門課程を通してベースになる教養の必要性を教えて
いたようだ。 現在の私の学問は、一度、子どもにたち返って、原点から考え直すこと。
自分を子供に見立てた「子ども学」が、私の科目である。純真な気持ちで哲学や文学を通して、
どうしようもない自分を学び直す、学びとすれば、何かが見えてきそうだ。現実に溺れたまま、
この歳まで生きてきた男が、急にガンを宣告され、それまでの生き方そのまま自分に問われる。
そして、それまで生きてきた姿そのままで、死んでいく。これは、全ての人に当てはまること。
この数年来、死ぬ時に、両親と手をつないで雲の彼方に上っていくイメージを作り上げてある。
とすると、「子供学」を通した「死生学」になる。「もっともっと楽しんでおけば良かった」と、
それでも後悔するはずだから、一日一日を大事にし、楽しむことが、いま与えられた課題になる。
「いま現在、実行している!」という内なる声は、勘違い! それにしても、毎日が面白いが・・
 まだまだ、楽しみが足りない!ということ。 
・・・・・・
4606, 閑話小題 ージェネリック家電
2013年10月26日(土)
   * ジェネリック家電
 最近、ジェネリック薬品という言葉を聞く。その意味は、「開発した薬が一定期間を経過した
ことによって特許切れになった薬品を、他社が格安で製造販売できるようになった薬」。ところが、
昨日の朝のTVのモーニングショーで、初めて聞く、「ジェネリック家電」を特集していた。 
白物家電などで、型落ち(一世代前)した製品の部品を集めて半額から10分の1の価格に
抑えた専門メーカーの商品である。 取材を受けていたメーカーの売上が、毎年、右上がりに
増加しているという。 去年、20年以上使っていた扇風機が二台、同時に寿命にきたため、
家電チェーンの店先に行ってみると、何と980円、1480円、1980円の扇風機があった。
そこで1480円と1980円のを買い、二シーズン使ったが何も問題がない。何故、ここまで値段の
差があるのか不思議だったが、番組をみて納得。 半月前に5年間使ったデジカメが壊れ、
新たに買うことにした。当初からデジカメはカシオにしている。前のものは「絵画変更機能付き
など多機能」で3万円前後だったが、今度のは7千円。ベースの機能以外、一切ついてないが、

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10月26日(日)
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