ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5988,閑話小題 〜最後の講義・8 ー石黒浩:対談
身についておたこともあり、ユングの理論には非常に興味をひかれた。
ユング本人に元もと通常以上のシックス・センスがあったため、それを、
そのまま発達すればよかった。大本教の出口なお、天理教教祖の中山みきは、
そのセンスが強力だった。また日蓮には身体全体にオーラが包み込んでいたと
いう記述が残っている。 27歳時の父の死亡時での実体験が無ければ、
シックス・センスに対して信じることはなかっただろう。現に幽体離脱の
ような体験をしたのだから、これは信じるしかない。ユングがフロイトと
対立・離別をしてまで、この方面の研究を続けた内容は侮れない。
・ ユングが取上げた中で、「共時性」と「布置」に、まず興味をひかされる。
奇妙な偶然の一致の不思議さ。これは多くの人が経験しているはずだが、
それを話すと、何か軽薄と誤解されるのを恐れてか、あまり口外をしない。
子供の頃に親戚の人が、その類の話しをするのを聞いて、「いい大人が、他
愛無い話をしている」と心底で感じていた。しかし人生経験を積み重ねる
うちに、親戚の人たちの言っていることは、決して他愛無い話でなかった
ことを知った。幽霊の話しも、その一つになるが、これも、あり得ること。
共時性、布置とは少しズレルが・・
・ またオカルト現象も、ユングを読んで、実際のところ驚いてしまった。
これも個人が持っている、ある能力が何かに感応した働きだろう。そうこう
考えれば、哲学の存在論に関わってくる。現在、自分が、現に此処にいる
不思議からみれば、オカルトなど、他愛にないもの。エスキモーで5キロ先
にいる白兎を見つけることが出来る人がいるとか、犬が数千キロ先の親の
鳴声に反応するとかを疑問に思うこと自体が、小さな限界の範囲内で決めて
いるからである。脳には20億年の生物進化の記憶がある。
・ 最近、特に感じるのが、それぞれが持っている経験と能力の深さと広がり
である。特に、ブログなどで、それが比較的簡単に覗き見ることが可能に
なったこともある。デジタル化で人間の五感を遥かにしのぐ機器が不朽を
はじめると、逆に人間の持つ不思議さが一つずつ解明されることになる。
ブログ、ツイッターなどの普及はユングの世界を超える可能性がある。
ネット世界の出現こそカルト?
08月07日(月)
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