ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4983,暴走する世間 −1
蔵庫を開放しているに過ぎないと。満足に近いのは年に数回しかない。それも自画自賛で我を見失っている時である。
それ位、感じたことを適切に表現することは難しい。いや、その感じているそれさえ、疑問を持っている。
(この本のマトメというより、自己主張になっているか) この本に【短くても素直な言葉、素直な表現、素直な
組み立てで自分の心にある思いを表現する、それが考えるということ】とあるが、それが考えることの基本である。
素直な心−ことばは、おのずと独特の音、独自の韻を持っていると、著者は述べているが、その自然の抑揚と響きが
読者の心を打つのである。 過去10年近くの文章を毎日読み続けていると、ただ書き写した文章と、自分の脳を
通して消化してある文章の差を自分が一番敏感に知ることになる。素直に発したことばは、時空を超えて過去の
自分に邂逅できる。だから、素直になるしかない。それが毎朝となれば、添削の作業そのものが瞑想そのものになる。
それと過去の文章を無心で読むことも。だから続いている。  この文章は、著者に触発されて、私が感じたことを、
そのまま書いてしまった。ところで今度、実際のダ・ビィンチなどのデッサンの模写をしてみようか。 
名画の模写と、名文の模写は基本である。
  ー文字制限のため毎日、文章をカットしているが、これが自分の身を切るようで辛いー
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3136,脳と日本人 −2
2009年11月05日(木)
 「脳と日本人  松岡正剛 茂木健一郎」 −読書日記
 * 日本という方法
松岡:ぼくは、日本をヨーロッパ思想の規範の価値観だけで見るのじゃなくて、日本が日本を「方法としての日本」
 にしようとしてきたことに関心があるんです。それを見ることが好きなのです。たとえばインドに生まれたブッダの
 仏教は、中国をへて日本に伝来しましたね。中国の浄土教が日本に入ってくると、法然や親鶯らによって、かなり
 独創的な日本浄土教というものになっています。空海の密教も、インドはむろん、中国にもあまりないものです。
 つまり、日本は、中国にあったものを変えて日本化させてしまっている。再編集するのですね。それは禅も
 そうだし、屏風や庭園もそうです。屏風は、中国ではほとんどが木です。日本は紙ですね。 日本という方法に
 なっていくんですね。 たとえば、屏風は、閉じてまた開くとか、季節になったら蔵から出してきて、終わったら
 また蔵に戻すとか。ぼくの家もそうしていました。掛け軸も、その場に合わせて掛け替える。ヨーロッパなどでは、
 いつ行っても同じ絵を飾っていますね。えんえん百年間も同じ絵を飾っているという家庭もありますからね。
 セザンヌの絵でもお爺さんの肖像画でも、三年ぶりに訪れたら掛け替えてあったということはほとんどないしね。 
 (字数の関係でカット13年11月05日)
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2771, 女の一生
 2008年11月05日(水)
ある随想を読んでいたら、次のような内容があった。一人ひとりの人生を見つめると、
誰も彼もが波乱に富んでいる。短い文章の中に、一人の人生が垣間見れるようだ。
「言葉には魂が宿る」ということである。
  (字数の関係でカット09年11月05日)

11月05日(水)
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