ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4906,世界の美しさをひとつでも多く見つけたい ー1
この辛さを克服するには、「器官なき身体」の目指す方向を見据え、その方向に努力することである。
それは、別の存在と衝突し、その価値観を取り込んでいくことにより次第に達成されるのである。
その闘いを、ドゥルーズは『あいだにおけるー闘い』と呼ぶのである。「あいだにおける闘い」によって、私たちは、
「存在そのもの」へと近づいていくことが出来ます。たとえば自然と闘うとき、「対抗する闘い」ではなく、
「あいだにおけるー闘い」を行うことによって、「自然」と融合し、新たな何かなることができます。
「裁きによって、人は成長しない」と彼はいう。「裁き」は既存の枠組みによる準拠して何らかの価値判断を
行うことであり、それでは、それから一歩も抜け出せない。 我われが、その裁きから抜け出て闘いを
選択しなければならない。その闘いが我われの生命を輝かせるのである。
ーーー 以上だが、
生きていくうえで、3C(チャレンジ、チェンジ、コンペティテーション)が必要である。
世界は常に変化しているなら、己も変化しない限り、不自然状態になり、「つらさ」という圧力が押しかかって
くるからだ。フランクルの人生の意味を見出していける人なら、価値を求めることも出来ようが、意味や価値を
どのようにして見出していくかという、更なる根源的な問いが必要になる。そこにあるのは、闘いしかない。
先ほど書いたように「つらさ」は、その闘いの回避に原因があるのである。常に自問自答している「正中心一点無」
の気持ちで問題から目を背けないで立ち向かうしかないということになる。最後の最後は「見方を変えるのではなく、
宇宙の中で自分は独りと自覚し、己の価値を闘い取るべし」ということだ。
アウシュビッツ収容所内では無理だろうが! 部屋の中からなら良い、ということ?
・・・・・・・・
2694, 「レンタルの思想」−2
2008年08月20日(水)
二十年ほど前か、「人生は神様からの借り物、何を焦っているのか! 借金も資産のうち、その資産も
借りでしかない。自分自身も大自然からの借り物でしかない。借りの世界と言う人生では、何事も真正面から
目を離さなければ、それだけでよい!」と、視点を見据えたら気持ちの重みが半減した。
所詮、娑婆は生きているうちの幻想でしかない。「色即是空、空即是色」ということだが、それもこれも
レンタルと思えば、それでよい。宇宙からの俯瞰からみる宇宙的人間論も必要な時代に差し掛かったのである。
ーネットにあった「レンタルの思想」の松井教授の‘インタビュー’の部分をコピーしたー
・夜半球の地球を宇宙から眺めると煌々と輝く光の海が見えます。
この光の海を "地球システムを構成する人間圏という構成要素"としている。
・大気が見えるとか、海が見えるとか、大陸地殻が見えるとか、森林が見えるとかと同様に森林は生物圏です。
・我々が一万年前か農耕牧畜という生き方をしている。狩猟採集"と"農耕牧畜"という生き方を宇宙から
見るということと同じですが、地球システムという見方で比較すると、この二つはまったく違う。
"狩猟採集"というのは、"生物圏"という地球システムのサブシステムに閉じて生きる生き方です。
動物がやってる生き方なんです。我々人類が700万年ぐらい前に類人猿から分かれたといっても、
狩猟採集をしているうちは基本的にほかの動物と変わらない
ー人間は、生き物の一種にすぎなかったー
(字数の関係でカット2013年08月20日)
08月20日(水)
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