ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6615,閑話小題 〜平成の終わりに 〜3
葬式業者に頼んで、坊様への謝礼は、一番、削る対象になる。これまで
続いてきた葬式に対する習慣が一変し始めた。 あるレポートに、
「寺院消滅が止まらない!」があった。〜その概要とは〜
≪ 団塊世代も死期に入り、葬式、法要が増えてきたが、以前ほど、49日法要、
一周忌法要、三回忌法要、七回忌法要など言わなくなった。大都会に集中し、
地方の過疎化と、家制度の崩壊が背景にある。あと10数年もしないうちに、
寺院の三分の一が住職不在になるという。 江戸時代に、戸籍管理を委託され、
それを良いことに、好き放題に搾取してきたことに檀家が、気づき、離れて
いった歴史がある。で、今では半数近く住職の収入が300万前後。
2040年までに人口に占める若年女性人口(20歳〜39)の割合が、
現在よりも50%減少する自治体を「消滅可能とし」として全国の自治体の
将来人口を推計した。人口が減れば当然、寺も減る。
日本の寺院の役割は大きく二つある。「寺=信仰」、「墓=供養」である。
鹿児島県では、明治初期に、全国で吹荒れた廃仏毀釈により1066の寺院が
すべて消滅、現在では490まで戻した。それでも寺院が少ないのが目立つが、
寺院の存在意義を、団塊世代以下の人たちが、見出さなくなったことが大きい。≫
▼ 寺院が食べていける「檀家」数が、最低で200軒。これでは、地方の寺院
が消滅化は当然の流れ。何ゆえ死を恐れるかといえば、人生を充分に生きて
こなかった結果、やり残したことへの無念と、死んだら、生臭い永遠の中に、
消え去る不安からくる恐怖。更に、身近な人の葬式で、彼岸に見送る儀式をし、
重油で焼かれた骨を墓に収めて終わり!とする共同幻想の儀式。で、後は、
法要で、生きている人たちが、世間向けに亡き人の思い出話。これは形を
変えた昔のレジャー、それはそれで、残された人たちの魂の慰めになる上に、
当人の慰霊になっていた。でも、これは、別に法要をしなくとも、仏壇の前で、
心を篭めれば、毎朝、出来る習慣。お墓は、死後の世界を信じる人の祖先様の
共同住宅という幻想の場。そう思えば、心が休まる。
後記)書き終えた後、以前、似たテーマで書いたのではと、ブログ内検索で
調べてみると、二回も書いていた。で、「没にしようか」迷ったが、これは
これで載せることにした。戦前までは大方を占めた、情報不足の人にとって、
その法話は、有難たい心の洗濯、人生を考えさせられる内容だったが、今では
TV、ネットで一般人の方が数多の知識がある。法難は、寺院に吹き荒れる。
04月26日(金)
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