ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5558,閑話小題 〜サプリメント効果
整理倒産、年金生活に入った。(結果論だが)一年前が、その境目になる。 
ことがことだっただけ、ハッキリしている。
≪ 【人生の総決算】
 六十歳あたりで突如として警察に捕まるようなことをしでかしたり、妄想に
囚われとしたとなると、ある意味でそれが差し当たっての人生の総決算といった
性格を帯びているのではないかと考えたくなる。 だがそれにしては、たとえ
象徴的なものであろうと、あまりにも下らなかったり安っぽく情けなくなって
しまう。人生そんなもんだと言われれば首肯せざるを得ないにせよ、天を仰ぎ
たくなってしまう。歳を重ねていくうちに、人は体力も知力も衰えていく。
少なくとも瞬発力は失われていくだろう。しかしそれを補うかのよう、経験に
根差した判断力や理解力は豊かになり、酸いも甘いも噛み分けた人格者と
なっていくものと思いたい。 にもかかわらず、老いの訪れを待っていたか
のようにして愚かな言動に走りがちなことが少なくないのはどうしたわけか。
もともとの性格だとか生き方が、老いを迎えるに当たって問い直されるのだ
といった言説は、もっともなようでいて疑問符を付けたくなる。
暴走老人という言葉が流行り、それは老いがあるまじき暴力的で非常識で
自己中心的で、頑固老人とか我儘老人とはニュアンスを異にし、むしろ幼稚な
チンピラのような暴発性を秘めた迷惑老人なのであった。彼らの多くは老人で
あることによって敬意を払われることなどなく、精神的に孤立し、世の中に
居場所を見出せず、不本意な毎日を送っている人たちだったようである。
それなりに「まっとうな」人生を送ってきても、六十歳が「人生には、奇妙に
歩調をゆるめて、前進をためらっているのではないか、それとも方向を転じ
ようとしているのではないか、と思われるような一時期がある。このような
時期に人は不幸におちいりがちなものらしい」といった一節に重なるとしたら、
むしろ偶然としか言いようのない要素の関与のほうが当人への影響力は大きい
のではないか。 老年を迎えるということは、あらためて運命のサイコロを
振ることを強いられるということではないのか。 ≫
▼ 心当たりのある考えさせられる一節。太平洋戦争の敗戦直後に生を受け、
 45年間右上がりの経済成長の中、順調にきたが、バブル崩壊からの
「失われた20年間」で、それまでの蓄えを全て無くし、最後は、落城。
私の人生は日本国家の縮図である。リスク管理をしていたので、生活は何とか
なっているが。それにしては、あまりに境目が、はっきりしている。
肉体的衰えが、精神をも蝕むのだろう。「百里の道も九十九里をもって
半ばとせよ」というが、難しいのが老年。味わい深いが難しい!
・・・・・・
3721, ジャズについて −13
2011年06月03日(金)
   * 現代ジャズの新しい動きは?  ー「音楽の本」三枝成彰著より
 ー ジャズのロック化ー 「フュージョン」はこうして生まれた
【 ディキシーランド・スクイルから発し、フリー・スタイルにいたった
 ジャズは、その後、マイルスの前述したアルバム「ピッチェズ・ブリュー」
が予感させたとおり、ロックや他のジャンルと融合・拡散していくことになる。
その結果、レコードショップの棚には「フュージョン」という新しい分類も
できた。フュージョンとは、一言でいえば、ジャズのロック化を進めたもので、
ロックはもとより、ソウルやラテンなど、他の音楽のエッセンスを吸収した音楽。
だが、七〇年代以降のジャズは、もはや五〇〜六〇年代にそうであったようには、
のちに影響を及ぼす斬新なスタイルを生み出す勢いを失ったといっていいだろう。 
なお、八〇〜九〇年代にかけてジャズの周辺で起こったことで、いくらか注自
すべき点もある。ロンドンのクラブに端を発した、踊るためのジャズの再発堀の
動きである。 クラブのDJが特に注目したのが、六〇〜七〇年代のジャズ。
レコードを素材のとして扱うクラブのDJの腕は、ジャズだろうがソウルだろうが
ラテンだろうが、自分が選ぶ曲がフロアの客を気持ちよく踊らせることがで

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06月03日(金)
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