ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5117,カエル男の末路 −2
一斉に退避が始まるが、問題はガソリンや食料がないこと。米国などでは、
80キロ圏内の避難を指示しているが、福島原発の80キロ圏内には、更に
数十万人がいる。最悪の大爆発が生じて、放射能が日本中を覆うことになれば
日本壊滅になってしまう。 それが、この数日中に発生する可能性が大と
いうから、何をいわんかである。 リーマンショックで疲弊している上に、
この大震災と原発事故の二重の打撃は、日本経済は致命傷になってしまう。 
まず早急に消費税などの直接税が20パーセントも現実問題になる。
これは15パーの収入減と同じことになる。もちろん、この事態では当然、
受けいれるしかないが、体力を消耗してしまった中小企業は致命傷になる。
日本全体が被災者という現実がある。
 ・・・・・・・
3280, 人みな骨になるならば ー2
2010年03月19日(金)
  * わたしは特別か?          
ー まずは、次の部分の抜粋から  P−41
自分だけは大丈夫と感じる原初的な感覚を、E.エリクソンは「基本的信頼」
と名づけた。幼児期における適切な保護か養育者との愛着関係によって成立して
いるかに信じられている。個人差はあるだろうが、相当の怖がりやでも心の底に、
「自分だけは大丈夫だろう」という最低限の楽天性が備わっている。たしかに、
数百の卵子と、数億個の精子のうちの、一つずつが合体することでも大変な
奇遇である。・・ われわれは生きているというだけですでに、宝くじを三回
買って三回とも当たったぐらいラッキ-な人物なのである。そのことを特別な
存在だと感じても不思議ではない。もちろん、自分が特別だと感じる根拠はそう
した生物学的事実によるのではなくて、われわれが直接的体験として自分しか
与えられていないといった心理学的(認識論的)事実に基づいている。 
われわれは各自の心しか直接に知ることがない。それ以外はすべて憶測である。
目の前にある花やコップでさえ、自分の感覚を信じないことには「在る」と
断定できない。ましてや自分以外の全人類は「在る」のかもしれないが、他方
すべてが幻影や書き割りのようなものなのかもしれない。コギト(われ思う)は
不確かだが、スム(われ在り)だけは確かなのだ。そもそも現在の自分の在り方を
「存在」と規定しないかぎり、それ以外に存在を規定する原理はない。
しかし、そんな特別な存在が地球上に何十億とひしめいているらしいのである。
そのことを認めたとたんに自分が特別でもなんでもないことを思い知らされる。
なにしろ、自分は特別だと実感している人間が自分以外にも六十億近くいる
ようなののだ。これならあきらめるしかない。わたしは特別な存在ではなく、
せいぜい六十億分の一の特別さにすぎない。宇宙において、わたしが生まれたり
死んだりすることの重要性は、地球の裏側でアンデスのインディオの一人が
生き死にすることの重要性と何らかのかわりのないものである。・・・
「人間は特別」という価値観は人間だけにしか共有されてないからである。
 ー
 人間は誰も、自分は特別の存在と思っている。で、還暦を過ぎて、そろそろ
ゴールが目前と感じ、自分の存在が必要とされないと気づいた時、特別の存在の
はずの自分が、逆に邪魔なものと思い悩むことになる。初老の身体の変わり目と、
それに気づく時期が重なり鬱症・鬱病という人生の節目が訪れる。 
宇宙の視点からみて「わたしは特別ではない」のは当たり前。
その当たり前のことを知らないまま、一生を終える。
・・・・・・・・・
2905, 寝入る瞬間を意識したことがあるか
 2009年03月19日(木)
 * 寝入る瞬間を経験したことがあるか?
ある随想に、「寝入る瞬間を経験しようと狙っているが、まだ経験をしてない。
それは死ぬ瞬間に類似しているのではないだろうか?云々・・・」とあった。
以前ここで書いたことがあるが、10年ほど前に、その経験をしたことがある。
その時に「過去の二万回で初めての経験だから貴重の経験だろう。無へ狭間の
瞬間の実感してみた」と記憶として刻印した。 具体的に、どうだったか?

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03月19日(木)
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