ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5010,幸福優位7つの法則 −2
 大生命力は悪いのではなく善いということに気づくべきです。
・ 最二に、自分が偉大な【人間】であることに気づくべきである。神性を持つ持つ大生命力が
 人間として個性化して、人格化して人間というものが出来たと認めるべきである。
 自分を下等と思えば下等に行動し、他人もあなたを下等と思うでしょう。
 しかし、自分が大生命の化身と気づけば、その能力が、あなたの自由になるのです。
・ 第三に、運不運という、あらゆる信仰を捨てて、大生命力の【法則】に従って行動すべきです。
 大生命力の流れの中に、みずから新たな原因を注入し、自分のために新しい思想を受け入れ、
 新しい体験を持つことを信じるべきです。
・ 第四に、人格の【不死】を信じなければならない。他界しても自分は生きていると信じなさい。
 これは実用的です。そう信じて行動すると、目の前の難問が何時か解決すべきことでなく、
 今すぐに解決すべきことになる。この四つの基本的なこと―神、人、法則、不死―に、
 積極的な信念を置けば、何に対しても否定的な信念を持つことがなくなります。
▼ 基本の一つの【法則】と中村天風の説と、ほぼ同じ。 積極一貫こそ、人間を宇宙の進化に
従って生き、発展する術。積極的な前向きな信念に一つまとまり塊になって一つの方向に歩くことこそ、
人間の健全な姿。精神力=信念を自分の帆にして人生に吹く風を利用し堅実に前に進めばよい。 
当時これらの精神論が極限の中での道標となり心を支えていた。 現在は哲学?
 ・・・・・・・
3538, メビウスと、自・他
2010年12月02日(木)
  * 他人とは何か
 池田晶子の「自分の内側と、その対比としての他人」についての考察がよい。
 「14歳からの哲学」の『他人とは何か』で、以下のように述べている。
【「自分が存在しない」ということは「ない」ということも、先に気がついたことだったね。
 だから、やっぱりすべては存在するんだ。存在しないということはなくて、世界も他人も存在するんだ。 
 すべてが自分として存在するんだ。なぜなら、自分でないものが存在するということはないからだ。
 「他人」なんてものは存在しないと最初に言ったのは、この意味だ。 他人の存在を認めないとか、
 世界には自分しか 存在しないとか、そんな子供じみたこと話をしているんじゃない。
 これは本当に深くて、本当に難しい話なんだ。これも、ここだけの話だけど、このレベルの議論に
 ついてこれるのは、本当に少数だから、君は、そういう大人を目指せばよい。 
 ・・  大きい自分に小さい他人同士がつながっているからだ。 大きい自分のう〜んと深いとろまで
 到達しているような人、たとえばお釈迦様とかキリストとか、そういう人なら、他入の痛みも他人の心も、
自分の痛み自分の心として、きっと一瞬でわかってしまうに違いない。「メビウスの輪」を知ってるね。
内側を辿って行ったら、そこは外側だったというあれだ。君は、「自分の内側」と言った時、体や心の内側
のことを思うね。でも、その内側が、外側の自然法則によって動いているのなら、 その内側って、
じつは外側のことじゃないだろうか。内って、外なんじゃないだろうか。「自分の内」「自分の外」なんて、
よく考えれば、決して言うことはできないことなんだ。なぜなら、すべてである自分には、内も外もない。
 じゃあ「自分の外に存在する他人」という言い方で、人は何を言っていることになるのだろうか。】
▼ 「心の内側を辿ると、そこは外だった」は言いえて妙である。すべてが自分として存在すということを、
 メビウスの輪から考えると分かりやすい。世界の秘境や異郷に行った先は、自分の内になり、外にもなる。
行けばこそ。そして、それぞれの延長が、それぞれ続いている。記憶がメビウスの輪になり、それが大きく
なリ続けている。帰ってきてからでも、そこの旅番組やネットを見たりしながら、その旅行の延長線上に
加わるからだ。家内が度々言うが、「行かなければ、他の番組を見ている」のである。自分が存在

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12月02日(火)
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