ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4996,暴走する世間 −10
それぞれの自己絶対化が生じてくる。人は人間関係、社会を通して人間になっていく。
書物を通した色いろな人物もである。「出会い」こそ、人を人間に変えていく。
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3149,つれづれに ー閑話小題
2009年11月18日(水)
* 論理的思考とは
毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。
自分のメルクマールのため続けているが、この習慣で得たことは「インプットした知識もあるが、
各種の題材を探し出し、その要点をまとめ上げる過程で身に付いた本質を見抜く視点と、それを
起承転結にシンプルにまとめる論理力がついたこと」理構成力こそが、自分の核である。
その核?はウネウネとトグロを巻いているようで、ブラックホールのようなトンネルの先の別世界
に繋がっているようにも思える。大した論理構成力でないが、その蓄積と、その発酵は、
トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。何かのイベントに参加すると、
その事象をスラスラと文章化できるようになったのが一番の収穫である。
それは記憶のパッケージ化をしていることになる。その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。
デジカメで日常の写真を撮り、そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、それだけで
豊かな気持ちになれる。 その人によるが。
* ブルーレイ録画機
7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたのでブルーレイをネットで買った。
量販店の7〜8掛けである。 (字数制限のためカット2011年11月18日)
* オモシロ、オカシク
(字数制限のためカット2011年11月18日)
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2784, こんな経験したことありますか?
2008年11月18日(火)
下記に近いことを、私は何度も経験している。人間の五感が受けるのは、普段動いている
五感の範囲のことでしかない。犬は数万キロの彼方の子供の泣き声を感じ取れるというし、
象は遠くの仲間の音波信号を感じ取れる。以下の内容は不思議でもなんでもない。
普段は動かなかった感覚が動いただけのこと。絵に残った痕跡が著者の心の奥の何かに
反応し、墓に感応しただけ。でも、何ともいえない著者の心の内が顕れている。
*うぶだしや* (うぶだしや=遺品買取屋)
「大正の末か昭和初年でしょうか?職業画家のものにはみえない」それらは令嬢の死を
いたむものだった。ほかにもたくさんの政界の名士が弔辞をよせていた。令嬢は長く病床に
あッたという。肺を病んでいたのだろう、と私は思った。友達が学校に通い、結婚していく
なかで、令嬢は、ずっと病床にあって、死病に向きあっていたにちがいない。
思えぱ、日本画に描かれているものは、彼女が送ることのできなかった女の幸せな日常
ばかりであった。彼女は、死にゆくなかで、絵筆をとり、現実には、自分が送る二との
できない憧れの生活を描きつづけていた。そのせいか彼女の残した日本面はどこか畏様な
気配がただよっていた。日本画は通信添削で習っていたのか、絵の裏に、師匠の画評が
書き込まれていた。 彼女の遺品のなかに「磨かずぱ玉も鏡もなにかせむ学びの道も
かくこそありけれ」と書かれた額があった。昭和皇太后の肉歌であった。
私が、それをながめていると、うぶだし屋が、そっといった。「これ!もう売ったんですか?
一枚だけでいいですから、ぼくに売ってください!」「ようござんす。まだ商売になっちゃいない。
一番、いいのをひとつ選んでおくんなさい」うぶだし屋は、大きくうなずいた。うれしそうであった。
私は、髪をたばねた少女が着物にエプロン姿で立ち、カフェで給仕をしている絵を一枚えらんだ。
お代は二千円。このうぶだし屋は、ただ同然で品物をゆずるときは二千円ときめていて、
だまって指を二本たてる癖がある。私はその絵を大切にした。箱にいれて、しまっておき、
ときどき取り出しては、うっとりとながめた。画中の女は、美しいというより、どこか寂しげ。
だが、あるとき、ほかの骨董屋に、こんなことがあったと、右のいきさつを話したら、その骨董屋の
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11月18日(火)
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