ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4990,暴走する世間 −6
ソフトバンク、西武、ロッテ、オリックスというから惨憺たるもの。特に西武が完全に外れ。
その原因はコーチの大久保と、黒江が抜けてチーム全体が緩んだことを上げていた。
さっそく大久保の現場復帰が決定された人事が発表されていた。 それと楽天を
最下位に5人中3人が予測していたから、これまた大きな外れといってよい。
一位日ハムを予測した者は誰もなく、二位楽天も一人も予測する者は無かった。
野球はチームプレーで、チョッとしたコーチの配置で、結果が変わってくる。
だから、面白いのだろう。
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2778, 世界は一冊の本
2008年11月12日(水)
次の詩がよい。その中の「本でないものはない。世界というのは開かれた本で、
その本は見えない言葉で書かれている。」 私が秘・異郷ツアーに魅せられるのは、
世界の開かれた本を正しく読めるからだ。それぞれ一期一会の出会いがあるからだ。
そして感動し、考えるのである。生きるとは感動し、そして考えること。
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「世界は一冊の本」 −長田弘
本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。
書かれた文字だけが本ではない。 日の光り、星の瞬き、鳥の声、川の音だって、本なのだ。
ブナの林の静けさも、 ハナミズキの白い花々も、 おおきな孤独なケヤキの木も、 本だ。
本でないものはない。世界というのは開かれた本で、その本は見えない言葉で書かれている。
ウルムチ、メッシナ、トンブクトゥ、地図のうえの一点でしかない 遥かな国々の遥かな街々も、
本だ。そこに住む人びとの本が、街だ。 自由な雑踏が、本だ。 夜の窓の明かりの
一つ一つが、本だ。シカゴの先物市場の数字も、本だ。 ネフド砂漠の砂あらしも、本だ。
マヤの雨の神の閉じた二つの眼も、本だ。人生という本を、人は胸に抱いている。
一個の人間は一冊の本なのだ。 記憶をなくした老人の表情も、本だ。
草原、雲、そして風。 黙って死んでゆくガゼルもヌーも、本だ。 権威をもたない尊厳が、
すべてだ。200億光年のなかの小さな星。 どんなことでもない。 生きるとは、考えることが
できるということだ。 本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。
ーー
ローガウの「格言詩」の中に「世界は一冊の本であり、人間ひとりひとりは活字である。
国々は綴じひもであり、時代はページである。」という詩がある。これを人生という視点で
置き換えると「人生は一冊の絵本であり、出会ったひとりひとりは挿絵である。
家族は綴じひもであり、時代はページであり 筋書きは愛である」という詩ができる。
それにしても、「世界は一冊の本」の詩は、ひとことひとこと胸に刺さる。
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2007年11月12日(月)
2414, 反転 ー闇社会の守護神と呼ばれて −2 オハヨウ (▼皿▼#)!
この本の中には検事の職業の裏と表を、あますことなく書いてあるが、次の言葉が
解りやすく象徴的である。「検事を含め法曹界におけるわれわれの仕事は、しょせんその
「ドブ掃除」にすぎない。 正義を振り立て、人をリードする職業などではない。
人間のやった後始末をするだけだ。 それも人間のいちばん汚い部分の後始末である。」
それゆえに、ヤメ検は裏社会に適応するのだろう。 ー前回の続きの部分をコピーしてみるー
(字数制限のためカット09年11月12日)
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2006年11月12日(日)
2049, あたりまえなことばかり −5 オッハ ∠_(o ̄∇ ̄o)
{「私」のための現代思想 }の読書日記を17回にわたり書いたが、ここの著者の「私」に
ついての解釈も面白い。「私」については、知れば知るほど面白い。ソクラテスの
「汝自身を知れ」ではないが、汝が居てはじめて「私」が存在する。複数の汝によって、
「私」は社会の存在者として表出する。
ー 生きているとはどういうことか ー
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11月12日(水)
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