ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4915,閑話小題 ー宝塚歌劇団「ブスの25か条」
プラトンの『対話編』、『新約聖書』、ヒュームの『人性論』、カントの『純粋理性批判』、ショーペンハウワーの
『意志と表象としての世界』、『ウパニシャッド』、力ール・ポパーの『開かれた社会とその敵』、アインシュタインの
『一般相対性理論』ぐらいだろう。こういった本が私を変えてくれた。これはつまり、こうした書物に感化された
考え方をするほど夢中になったということであり、もし読んでいなかったとしたら、いまのような人間になっていた
とは思えないということである。誰であれ、そんなふうに言える本はめったにあるものではない。 私の場合、戯曲家、
で同じことがあてはまるのは、少なめに見積もるとシェイクスピアひとり、作曲家は七、八人といったところだろう。
もちろん、読書や観劇や音楽鑑賞の蓄積が、その人の考え方や人格にじわじわと影響を及ぽし、自覚できる変化を自我に
生じさせた張本人と特定できる作家は、少数である。ここに挙げた書物の半分はドイツ語圏の作家によるものだが、
この事実(作曲家の大半もその地域の出身であり、時代も同じであるという事実を加えてもいいのは、私の精神生活が
どんなものであるかを示唆している。『資本論』の大半を占めているのは、英国の産業革命の歴史である。
にもかかわらず、私の考え方はマルクスに多大な影響を受けている。その影響は、彼の著作を吟味するにつれて薄れて
いったけれども、けっして消えはしない。私はそうなることを望まないし、マルクスの提示する洞察には不変の価値が
あると思っている。彼は偉大な作家であり、大人物でもある。その怒りと裁断は厳しすぎ、エホバめいたところが
あるとしても、である。『資本論』は退屈でわかりにくい大冊だなどという考えがどうして出てくるのか。
私には、その厚さにうんざりした人たちがこしらえた、読まないための口実としか思えない。『資本論』は名著である。
世界史上、指折りの影響力をもつ書物であるのは確かである。 】
▼ ソ連の崩壊と、中国の実質、社会主義的計画経済の放棄は、それは理想であって、現実にはそぐわないことを
立証した結果になった。そこに起こったのは、役人の特権化と汚職の氾濫であり、狂った独裁者の誕生であり、
国家経済の疲弊である。熾烈な競争経済の中でしか経済は発展しないことが、数千万の餓死などの犠牲者を出し
証明された。まだ残存は残っているが。
・・・・・・・
3443, 最近の昼飯事情
2010年08月29日(日)
* まさか昼飯がパン食になるとは!
最近の昼飯は外食から事務所内で駅のベーカリーで買ってくるパン食に切かえた。 時どき弁当もあるが、どうも
冷えた弁当は部屋で食べるにはそぐわない。レンジでもあれば別なのだろうが。それもインドのナンのようなもので
パセリと海老か、唐揚げを包んだものがラップに巻かれている。若い女性が好みそうなやつで、それだけのコーナーがある。
以前は、他にカレーパンなど二個だったが現在では一個にバナナ。この歳になると、味は美味しく、サッパリして、
腹に持たないものを求める。とすると女性向きにつくられたものが丁度良い。30年近くのランチャーも卒業で、
お部屋でヒッソリとパン食。 なれると外食が馬鹿馬鹿しくなる。 駅内にあるスーパーの弁当コーナーを見ると、
300円弱から400円辺りが中心プライス。月に3〜4回は買うが、何かイマイチ。駅のベーカリーにイートインの
コーナーがあり、コーヒー付きで400円位である。近くのマクドナルドなどと競合しているが、殆どが女性客。
早い時間から客席は半数以上は埋まっている。最近、長岡駅内にも出展したが山崎パンの直営店という。
最近、ほぼ同じものが地元のスーパーに見かけられるようになった。スーパー原信が、地元のベーカリーチェーンを
買収して、自社店舗内に出店している。土日のどちらか一日の早朝7時に毎週行って、焼き上がりのパンとコーヒーを
飲むのが楽しみの一つ。昼にパン食に切り替えてから体重が1〜2キロほど痩せたが、これで20歳半ばの体重に戻った。
歳相応になったということか。 それより、ランチを食べに行くのが面倒になったということ。
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08月29日(金)
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