ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6666,閑話小題 〜また新潟県、長岡!
 還暦になってみて、なるほど色いろの問題がシワ寄せに重なるものと思い
知ったが、欝などはほど遠い状態である。 この10年、我武者羅に生きてきた。
綱渡りで生きてきたから‘そう’いう悩みに、ただ驚いてしまった。
――
2013/08/16
閑話小題 ―悲しい酒!
何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が
 定年退職時の同級会の二次会での対話。
《「堀井よ、俺の悩みを聞いてくれ! 俺には俺の人生が無かった。
  両親とも教師で、当たり前のように教員になった。現在、両親とも90歳
 近くでカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視されているよう
で生涯を通して自立できなかった。何時も自問自答で『私自身の人生は無かった
のでは?』が付いてまわり現在に至った。 あるのは二人への憎しみだけ。
この苦しみは並大抵でない・・ 》
 初老性鬱症の典型事例。 赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて
疑わない「あの方たち」こそ、「つまらない人」。自分の姿が見えてないため。
欝になるには、それなりの多くの原因がある。 先生にとって両親は、「影」。
人生には、それぞれの現象、節目がある。それは、多面体であり、光の当て方で、
白にも黒にも、黄金にも変わりうる。中学の担任は、初老性鬱症もあって、
影両親の価値の刷り込み 牢獄の捉われに、気付いただけ。両親の過剰な愛の
牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを持つべきであった。
その世界は、その加熱から自身を守ってくれる。 そのことに気づく教養の蓄積
が足りなかっただけ。 それでも、気づいただけでも、良かった。 少くとも、
群て慰め合っている「あれらより」遥かにまし。 先生の両親への憎しみは、
ポンティーと、その師のフッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題。
自分の人生の節目での選択、それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。
避けて通っていたのである。ある意味で、万人が抱えている深刻、かつ根源的
悩みになる。それすら分からず紋付袴の紋章を競っている、それも人生だが。
 「つまらん男、それは私」と、つくづく実感している。 が、日々が、面白い!
――――
2016/08/18
終わった人 −1
         <『終わった人』内館牧子(著)>
 これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、
『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に
職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、
その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。
還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。
まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。
恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。
  〜アマゾンの内容説明より〜
≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。
 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。
図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、
思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか?
  〜アマゾンのビュアーの声より〜
《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで
「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて
いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、
身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代
壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職
(あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で
約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。
(しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう)

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06月16日(日)
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